王太子の苦悩
「あの人ね、私の実の母親なの。」
リース商館からの帰りに私はふとそんな言葉を漏らした。
あの後、外で騒がしくしている私達に気がついたのか、リース商館からお母さんと旦那さんが出てきてくれたのだ。
そしてゼンにあらましを説明してくれた。
もし、それがなかったら私はゼンにめちゃくちゃ怒られたことだろう。
「母親…?」
ゼンは軽く目を見開いた。
そんなゼンの様子を見て、
「そう。母親。といっても、5年ぶりに会ったんだけどね。」
私はできるだけ明るめに言った。
「私の家庭複雑なの。あの人が結婚しててびっくりしちゃった。」
それもリース商館なんて物凄いお金持ちと結婚してるなんて夢にも思わなかったよね。
笑いながらそう言うと、
「無理に笑うな。笑顔が引きつってるぞ。」
ゼンにそんな指摘をされた。
「えっ?」
その瞬間、私の表情は固まる。
どういうことだろう。
別に私の中でそんなにあの人が母親であるという認識は強くないし、悲しみもないはずなのに。
そう思いながら顔を触っていると、
「幸せそうな母親が羨ましかったんじゃないのか?」
不意にゼンが問いかけてきた。
羨ましい?
私は旦那さんの隣で楽しそうに微笑む母の姿を思い出した。
あぁ、そうか。
私は羨ましかったのか。
前世でも今世でも私は家族の愛情というものを知らない。もらったことがない。
マリアンヌとは仲がいいけど、彼女とは姉妹という仲の良さではないと思う。
私は家族を知らない。
なのに、あの人はとても幸せそうな家庭を作っていた。
それが羨ましかったのかもしれない。
そんな自分の思いに気付いて固まっていると、
「セリスも作ればいいだろう?人は生まれる場所を選べない。どんな家族のもとに生まれるかは運次第だ。でも、それが全てじゃない。そこからの幸せは自分で選べる。」
ゼンはそう言って、私の頭をぽんっと叩いた。
元気を出させようとしてくれているんだろう。
相変わらず、不器用だけども。
「じゃあ、ゼンが私を幸せにしてくれる?」
私はニヤッと笑いながらゼンに問いかけた。
ただの冗談。
からかい半分の言葉。
それなのにゼンは、
「お前が望むなら俺がお前を幸せにしてやる。」
真顔でそう言い切ったのだ。
全く予想していなかった言葉に、私は一瞬で顔が真っ赤になる。
「なっ…な、、、。」
すると、
「なんてな。」
ゼンは意地の悪い笑みを浮かべてそう言った。
「か、からかったわね!」
「仕掛けてきたのはお前だろ?」
悔しいと思いながらも、
「本気だったらよかったのに…。」
私はこっそ呟いたのだった。
「何で王太子が夜の見守りなんてするかな。」
城に戻ると、困ったような表情でアルが柱にもたれて立っていた。
「騎士の義務だろ?」
俺は一言言ってそのまま素通りしようとすると、
「そりゃ、[騎士]の義務だけどゼンは王太子なんだから。代々王太子は第一騎士団に修行として入るけどさー、夜の見回りまでしたのはゼンが初だからね?」
アルはやれやれといった様子で首を横に振る。
「どうせ、セリスが心配だからでしょ?だからって本気で好きになるのはやめ…。」
「お前は夜になると冗舌だな。」
アルの言葉を遮って嫌味を繰り出す。
そして、
「分かってる。」
そう答えて、その場を後にした。
『じゃあ、ゼンが私を幸せにしてくれる?』
さっきの言葉を思い出しては後悔の念が後を絶たない。
セリスだって冗談で言っただろうに。
だが、
「あんな事を言うのは反則だろう…。」
俺はそう呟きながら額に手を当てた。
自分でも分かっている。
彼女に惹かれていることは。
でも、俺は…。
ーー王太子ーー
時が来れば王座に上ることが決まっている身分だ。
平民であるセリスを妃にすることはできない。
妾という選択肢もあるが、それはあってないようなものだった。
異母弟を見ていれば分かる。
彼の母親は貴族だった。それでも陰での悪口は絶えなかった。
それなのに、平民である彼女を妾にすれば彼女の幸せは閉ざされてしまうだろう。
それに…。
セリスは自分の生き方を変えてまで俺と一緒にはいてくれない。
それが分かっているから…。
いろんな考えを巡らし、俺は頭を抱えていたのだった。
きゃー!両思い!!




