和解
遅くなりました…!!
「この、子は…。」
まさか、会うとは思ってもみなかった相手。
この世界での私の母親。
あっちも私だと気付いているのか、言葉が途切れ途切れだ。
セリスティアを捨てた相手に怒りは湧いてくるけど、私のこの怒りはまだマシだと思う。
だって私自身の事じゃないから。
いや私の事なんだけど、あの時は記憶が戻ってなかったし…。
顔を見た瞬間、怒りで頭が真っ白になってしまったけど今は割と普通だ。
固まっている母を見て私はため息をつく。
「夜にこんな場所で子供を連れた女性が歩く。こんなの自殺行為です。貴方は一体何がしたかったんですか?」
冷静にそう尋ねると、
「む、息子が…星が見たいって…。家の前だと街頭でよく見えないから…。」
母は恐る恐るといった様子でそう答えた。
その言葉に私はキョトンとする。
星…ね。
「まあ、理由は何でもいいですが、夜の外出は控えて下さい。それでは。」
私は少し早口めにそう言って立ち去ろうとすると、
「待って!」
後ろからグイッと手を引かれた。
まさか引き止められるとは思っていなかったから、少しビクッとする。
「何ですか?」
母の手を振り解きそう聞くと、
「ずっと貴方に謝りたかったの。だから…。ごめんなさい。」
母はそう言って深く頭を下げた。
母の思いがけない行動に固まっていると、
「許してくれとは言わないわ。私がした事は許されることではないもの。」
母はそう言葉を続けた。
そして、私もやっと口を開く。
「謝ってもらわなくとも結構です。」
「ごめんなさい…。でも、貴方には幸せになってほしいの…。」
またしても恐る恐ると言った様子でそんな事を言ってきた。
いきなり、謝ってきて今度は幸せになってほしい?
一体、この人は何をしたいの?
私が戸惑っていると、
「私があの時貴方を手放したのは、私と貴方、どちらも幸せになるためだったの。」
母はそう言った。
私はその言葉に怒りを覚える。
どっちも幸せになるためなんて、嘘よ。
自分だけ幸せになりたかったに決まってる。
だって、貴方は今、大事そうに子供を抱えているじゃない…。
「私は幸せよ。娼婦はやめたの。夫も息子もいる。自分勝手だと分かってるわ。母親になる資格がないのも分かってる。でも!私は人生を今やり直しているの。貴方のことも忘れた事は一度もない。」
そう言ってのけた母には昔の面影なんてなかった。
自分勝手で酷い母親。
その思いは私の中で変わる事はないと思っていたのに。
いや、変える必要はないのか。私にとってのこの人はそうなんだから。
でも、なんだか今のこの人に怒っても無駄なような気がした。
「だから、貴方には幸せになってほしいのよ!」
必死といった様子で母は言ってくる。
幸せ、ね…。
その瞬間、私の中にある人の顔が思い出された。
そして、私は口を開く。
「貴方に願ってもらわなくとも、私は今十分幸せよ。」
レアナやマリアンヌという女友達に、屋敷にはフィンやユラだっているんだから。
すると、
「そう。それは、良かったわ。」
母は安心したように微笑んだ。
「でも、私は貴方を許す気はありません。」
そんな母の笑みを壊すかのように、私はピシャリと言った。
「ええ。分かっているわ。だって私は…。」
「貴方が息子をしっかり育て上げるまでは。」
母の言葉を遮って私はそう言った。
「え?」
「私を捨てた癖に、その子も捨てたら承知しません。責任を持って育てあげてください。」
私はそう言って初めて母に向かって笑いかけた。
「も、もちろんよ…。」
母はびっくりしたような顔をしていたけれど、笑みを浮かべてそう言った。
「では、送っていきますね。また暴漢に襲われても迷惑ですから。家はどこですか?」
私が尋ねると、
「リース商館って言ったら分かるかしら?」
母はサラッとそう言った。
リース商館…。なんか聞いたことがある。
って…!王都一の大商家で、ユラの実家じゃない!!
「リース商館って…あの大商家の…?」
「そこ以外にあるの?」
「ありません…。」
衝撃の事実じゃない…。
軽くショックを受けながらもリース商館へと辿り着いた。
中へ入ると、1人の男性が駆け寄ってきた。
「ナタリー!一体どこへ行っていたんだ!?」
その人はひどく心配していたといった様子で母を抱きしめた。
おぉ。この人が旦那さんか。
興味津々で見物していると、
「えっと、君は…。騎士団の人かな?」
旦那さんは私に気付いたのか、話しかけてきた。
「はい。第一騎士団に所属しております、セリスと申します。奥様が数人の男に絡まれていましたので、保護させていただきました。」
私が義務的に言うと、
「本当にありがとう。貴方がいなかったらどうなっていたか…。」
深く頭を下げられた。
「いえ。ただ、夜の外出は控えるよう奥様にはきつく言っておいてくださいね。」
私はそう言ってすぐに商館を出た。
家族団欒に私が割り込むわけにはいかない。
今のあの人は私の母親ではないのだから。
そう思っていると、
「おい…セリス…?今まで一体何をしていたのか聞いてもいいか?」
ゾクっとするような声が聞こえてきた。
震えながら後ろを振り向くと、ものすごい笑みを浮かべたゼンの姿があった…。
ゼン…相変わらず怖いですね…。




