ヴァイオレット
遅れてごめんなさい…!
ナタリー・セロン。
それが私の名前。
この国で家名があるのは貴族か娼婦だけ。
私はもちろん後者。
私はセロン娼館の娼婦だからセロンが家名となる。
このような家名は大体皆が知っており、名乗った瞬間見下したような目で人は私を見る。
いや、娼婦を見るのだ。
私がこの名前を使い始めた、娼婦になったのは14歳の時だった。
母親も娼婦で、私の事なんてまるでいないかのように扱う。そういう人だった。
だからこそ私は14で家を出て、1人で生きる事を決めた。有り難いことに母親は美人だったし、私もそれを受け継いでいた。
その上、発育も良かった私は年を偽って娼婦として働き始めた。
最初は気持ち悪くてしょうがなかったけど、時期に慣れた。だって、私はそうやって生きていくことしかできないから。
学のない女の生きる道は体を売ることだけだ。
他にやりようがない。
そう。仕方のないことなのだ。
そして、私が娼婦になって一年が経った頃、
「ナタリー!急で悪いんだが、今日の夜に新しい客をとってくれないか?」
焦ったような顔で娼館の経営者であるアーチャー男爵が言ってきた。
「えー!私、今日は休みなんですー。だから、嫌ですよ!」
せっかくの休みなのに何で客なんかとらないといけないのよ!
私はすぐさま断った。
「頼む!!今回は位が別格に高い方なんだ。ここで一番の美人を出せとおっしゃっている!」
余程凄い相手なのか必死に男爵は手を合わせてくる。
いやいや、無理なものは無理だし。
そう思って断ろうとした時、私はいい事を思いつく。
「じゃーあ、今月のお給料3倍にしてくれたらいいですよ?」
私はそう言ってにっこり笑った。
娼婦の給料は基本、歩合制。
私は今月いつもより客の数が多かったから、3倍になったら大儲けだわ!
私の言葉に男爵はしばらく悩んでいた様子だったが、
「わ、分かった…!それで手を打つ!だから丁重にお迎えしろよ!!」
背に腹は抱えられないという風にそう言った。
これで、私の給料3倍は決まった!!
「ナタリー・セロンと申します。」
そして夜。
どうせ、気持ち悪い顔をしたエロいおっさんが来ると思っていたのに、来たのは若くて美しい顔立ちをした青年だった。
それでも固まらずに済んだのはきっと娼婦としての1年の経験のおかげね!
私が丁寧にお辞儀をすると、その青年は私を見下ろし、
「まあ、合格点といった所か。こんなに若いとは思ってなかったが。」
いささか失礼な事を言ってきた。
いや、我慢だ。我慢。
ここで怒ったら給料3倍がパーよ。
「お気に召したようで何よりです。」
私は精一杯の愛想笑いを浮かべてそう答えたのだった。
行為後、その青年はすぐさま部屋を出て行った。
「はぁ。」
私は青年が出て行ってからため息をつく。
「顔はいいのにすっごい乱暴。今までで一番最悪だった…。」
そう、これこそが悪夢の始まり。私の崩壊の始まりだった。
「うっ!」
私は嗚咽感に襲われてその場に座り込んだ。
最近、体調が悪い。だるいし吐き気がしたりもする。
私がそのまま座り込んでいると、
「ねえ、あんたさー妊娠してるんじゃないの?」
他の娼婦の1人がそう言った。
にん、しん…?
「最近、体調悪いでしょ?まあ、がんばんな?子供とかマジでめんどくさいだろうけどねー。」
他にも何か言っていたけど、私には聞こえていなかった。
私に子供ができる。それはつまり、私に家族ができるって事?
その事実に舞い上がっていたからだ。
まだ15歳の子供に子供ができる。それがどんなに大変で深刻なことにも気づかないまま。
その時の娘が今ここにいる。
もう5年も会っていないのだから人違いなのかもしれない。
でも何故か確信が持てた。
この子は私の娘だと。
ーーヴァイオレットーー
そう名付けた。
この子が物心ついてからは呼んだことすらないけれど。
私が固まっていると、
「随分とお久しぶりですね。今度はその子を売る気ですか?」
娘、いや目の前にいる女性は美しい顔に自嘲的な笑みを浮かべてそう言った。
その時、実感した。
私の過ちは一生許されることのない罪なのだと。
私にこの子を娘と言う資格など到底ないのだと。
まさか、名前をつけてたなんて!
でも、何で呼ばなくなっちゃったんでしょう…?




