初仕事編5
「ここが…。」
魔獣が住処にしているという森に朝早くから私達はやって来た。
なんていうか…不気味?暗いし、空気が重い。
「怖いのか?」
いつのまにか私の隣にいたゼンが聞いてきた。
「そ、そんなわけないでしょ!?」
慌てて言い返す。
実際はちょっと怖いけど…。
ゼンに気付かれたくはない。心配されるのは嫌だし、気遣われるのはもっと嫌!
余裕ぶった私に
「意地っ張り。」
そんな一言を残し、ゼンは前へとズンズン進んでいった。
「ちょっと、兄ちゃん!1人で行くのは危ねえぞ!!」
兵士に声をかけられていたけど、全くスルーして行くものだから、
「ちょっ、ちょっと待ってよ!!」
私もゼンを追いかけて前へと進んで行った。
「じょ、嬢ちゃんまで!危ねえって!!」
後ろから聞こえる兵士達の静止の声を振り切って。
「ちょっと、ゼン!先々行かないで…。」
文句を言おうとすると、
「しっ!」
ゼンに遮られた。そして真剣な顔で、
「これを見ろ。」
そう言われた。
嫌な予感を感じながらもゼンが指差す方を見ると、
「なっ…!」
思わず声が出た。
そこには大きな爪で腹を切り裂かれた狼の死骸があったから。
「これって…。」
無意識に震える体を押さえつけながら尋ねると、
「ああ。魔獣の仕業だろう。傷もまだ新しい。」
ゼンは死んだ狼を観察しながら答える。
新しいってことは……。
混乱した頭を必死に動かす。やっぱり…。
近くにいるってことだよね…。
「牛みたいなやつって勝手に思ってたんだけど…。」
あの責任者も牛で体長表してたし。
「魔獣の形状は普通の動物とはかけ離れてる。色んな動物が組み合わさったような形のやつもいるんだ。決めつけてると痛い目見るぞ。」
ゼンはいつもと変わらない調子で言った。
何で、こんな状況で冷静でいられるんだろう。
私とゼンでは格が違う。
こんな状況なのに、いやこんな状況だからこそ、そう思ってしまう。
正直、今の状態じゃ私はいつも通り戦えるかと言われたら、無理だ。
冷静にならないと。
落ち着かないと。
落ち着かないと!!
極度の緊張状態に陥っていた私は
ポンッ。
急に優しく肩を叩かれた。
「おい、落ち着け。こんなにデカい魔獣がお前の速い動きについていけるとは思えない。自信を持て。」
なだめるような、喝を入れるような、そんな風に。
その瞬間、私の焦りがスッと消えた気がした。
自信、持たないと。
今までの成果を発揮するチャンスじゃない。
それに、ジョルジョと約束したんだから。
魔獣を倒すって。
この時にはすっかり不安が消えていた。
「よし!行くか!!」
私は軽く笑みを浮かべながらゼンに言った。
「単純な奴。」
憎まれ口を叩きながらもゼンも笑っていた。
「もう大丈夫だな。」
「ん?何か言った?」
その後も何か言った気がしたけど小さくて聞こえなかった。
そして、私達は奥へと進んで行った。
ガルルルルルル!!!!!!
突然、大きな唸り声が聞こえた。
「近い!剣を抜いとけ!!」
ゼンにそう言われ、自分用の短剣を取り出す。
一応、騎士団から支給された長い剣も腰にはさしているけど、私はこっちの方が使いやすい。
そして、ドスンドスン!!!!という大きな足音と共に、体長3メートルを軽く超える獣が飛び出してきた。
こいつが魔獣か。
しっかり観察する間も無く、魔獣は私に向かって攻撃を繰り出してきた。
私はそれを避けながら、麻酔針を取り出し、魔獣へと投げた。
ガルルルルルル!!!!
効果は…ほぼ無しか…。
牛が1秒で効くくらい強い薬を5倍ほどの効き目にしたやつなのに!!
昨日、夜なべして作ったんだよ…。
若干、ショックを受ける。
今度はゼンが剣を背中に突き刺した。
ガル、ガルル…!!
苦しそうな声で魔獣が威嚇してくる。
動きは…さっきより遅い!
チャンス!!
私はトドメを刺してやろうと魔獣に近づいていった。すると目の前に、
「死んじゃえ!!」
急に何かが飛び出してきて、ナイフのようなものを魔獣に突き刺した。
そんな中途半端な攻撃したら逆に!!
「わあっ!!」
案の定、魔獣は激しく動き回りだした。
一体、誰?
ナイフを突き刺したのは!!
そう思い、そっちに目をやると…そこには……そこには……ジョルジョがいた。
ガルルルル、ガルルルルルル!!
怒った魔獣はジョルジョへと手を伸ばした。
ジョルジョは恐怖のあまり完全に固まっていて逃げる様子がない。
危ない。
このままじゃ!
私はとっさに魔獣の目の前へと飛び出し、ジョルジョを抱え込んだ。
「グハッ…!!」
モロに攻撃をくらい、大きな衝撃と痛みが全身を駆け巡る。
「セリス!!」
そのせいで、ゼンは一瞬私に気をとられてしまった。
その瞬間、魔獣はゼンにも攻撃を繰り出す。
反応の遅れたゼンは剣で庇うものの、剣を吹っ飛ばされてしまった。
ガルルルルルル!!!!
この状況はヤバイ…。
「セリスさん!!」
動けず、固まっている私にジョルジョは泣きながらすがっていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい!!お母さんの…!お母さんの仇を討ちたくて!!」
そんなジョルジョを責める気にもなれず、
「大丈夫、だから…!安全なところに…。逃げて!!」
必死に逃げるように促した。
「セリスさんを置いていけない!!」
それでも、ジョルジョは私から離れようとしない。
でも、今この状況で1番危ないのはジョルジョだ。
「私は最強だから…。負けないから。だから、お願い、逃げて…!」
今の私じゃ、ジョルジョを庇いきれない。
私の必死の懇願が伝わったのか、ジョルジョは泣きながらも、
「分かった…。今の状態じゃ僕は邪魔にしかならない、よね。」
そう言って、走り出した。
状況はかなりしんどい。
今はゼンが1人で戦ってくれてるけど、剣がないから防戦一方だ。
でも今、魔獣はゼンしか眼中にないはず。
私は力を振り絞って体を起こした。
これは…多分左手折れてるね。感覚がないし、何より動かない。
足が折れてないのは不幸中の幸いね。
かなり傷は深いし、出血は止まらないけど…。どっちにしろ、死ぬんだったら戦った方がいい。
私はゼンに向かって、
「ゼン!!」
腰に刺していた剣を投げた。
ゼンはうまいこと剣をキャッチして、魔獣へと攻撃を繰り出し始めた。
でも、このままじゃ勝ち目はない。1人で勝てるほど魔獣は弱くないから。
私はどうすればいい。
傷のせいでさっきみたいな機敏な動きは難しい。
隙を作るのは無理だろう。
考えろ、考えろ!!
そして、この状況を変える1つの方法を思いついた。
捨身の作戦だけど…。やるしかないよね!!
まず、私はこっちに注意を引き付けるために予備の短剣を投げつけた。
ガル、ガルル!!
案の定、魔獣はゼンから私にターゲットを変え、攻撃を繰り出してくる。
ゼンが昨日教えてくれた。
『魔獣の急所は頭の真ん中だ。ここを攻撃すれば間違いなく死ぬ。ただ真正面から行けば、死ぬ前に魔獣は暴れるから確実に殺される。だから、真正面からは絶対に行くなよ。』
私はその攻撃を避けながら、魔獣との距離を詰めた。
「セリス、やめろ!やめるんだ!!」
私の作戦に気づいたゼンが声を上げる。
ごめんね、ゼン。もう…。遅いよ!
私は、そのまま跳んだ。
魔獣を超えるぐらい高く。
そして…
真正面から短剣を振り上げ、
グサッ!!
頭の真ん中にぶっ刺した。
ガ、ガルルルルルルルルルルルルル!!!!!!!
魔獣は苦しげで今までで1番大きい呻き声を上げた。
私はそのまま意識が途切れた。
ジョルジョ、何してるんだ!って言いたくなります。はい。




