第98話 宴会
「のり……………!」
「ほい、これ」
「………ん?」
どさっ
薄暗い玄関前。
響太が何かを言う前に、紀子が響太に紙束を渡した。
「……何? この分厚い資料」
「読め」
「だからこれは………」
「いいから!」
紀子は紙束を渡した後それだけ言うと、「じゃね」と短く言って早足で踵をかえす。
「ちょ、ま………!」
本当に何か言う暇もなく、紀子はすぐに帰っていった。
「………いったい何なんだ?」
響太は紙束を持ったまま、玄関で立ち尽くす。
……そうしていると。
「んにゃー!」
紀子が帰っていったあたりから、真っ白な子猫が姿を現した。
「おおっ、猫吉か。おかえり」
にゃーとしか言わないところを見ると、今はユキナは憑いていないらしい。ごろごろ喉を鳴らしながら、猫吉がすりよってきた。
(……前世で会ったユキナのこと、少し話しておきたかったんだけど)
まいいや、次の機会で、と響太は割り切る。
「どうしたのー?」
居間から都の声が聞こえてきた。
「ん、いや!」
反射的に「なんでもない」と返すと、響太は紙束を持ったまま居間に引き返した。
ひょいっと居間に顔を出すと、
「いただいてまーす!」
「………はーい」
すでにビール缶片手に陽気に笑っている都がいた。
響太はため息をつきながら、さりげなく紙束を机の隅に置くと、椅子に座った。
「……飲み過ぎはダメだからね」
「わーかってるけどー、今日はせっかく仕事が一段落ついたんだからー、少しハメ外したいのよー」
「………はいはい」
頬を赤く染めながら、都はビール缶片手にケタケタ笑った。
(ま、いっか。今日ぐらい)
「ほどほどにね」
仕事大変だったんだろうな、と呆れ半分ねぎらい半分にそう言った。
「ふー……いいお湯だったわ」
「あ……」
タオルで顔をふきがなら、湯上りの深春が居間に入ってきた。
(う………あ………………)
服はちゃんとパジャマを着ているとはいえ、風呂あがりってのはどうしてこうも扇情的なのかと思いながら、響太は顔を赤くした。
そんな響太の様子も露知らず……
「あ、おいしそうね。シチュー?」
笑いながらテーブルについた。
「深春もとりあえずおつかれー! そら飲め飲めー!」
「……都さん。私一応未成年なんだけど」
「今日ぐらい固いこと言わなーい!」
「………もう」
しょうがないな、と苦笑いしながら、深春はちびりとビールを飲んだ。
「そういや、びっくりしたよ」
ふと今朝のことを思い出した響太は、話題作りもかねてそう言った。
「……? 何が?」
むぐむぐとご飯を食べながら呑気に聞き返してくる深春。
「テレビ……休業中だって言ってたのに」
「ああ、あれね………………あれは押しきられたというかタイミングが悪かったというか………」
あはは、と深春は頬を掻きながら苦笑した。
「………?」
テレビ局のことなどほとんど知らない響太は、よくわからないといった風に首をかしげた。
***
「ふぅ………」
どさっとベッドに腰掛けると、響太は蛍光灯を見上げた。
(………なんか、いろいろあったな)
幽霊騒ぎから始まって本物に会って、んでそこからいきなり前世とか電波っぽい話題が出てきて……と。
少し前からすれば考えられないことの連続だった。
(そういや………千秋の霊のこと、考えなきゃな)
ごろん、と寝返りをうちながら、ぼんやりとそう考えた。
力が弱まってるらしいユキナのことももちろんそうだが、深春の妹、千秋のことも十分大切なことだった。
(………千秋に似てたな、千鶴)
自分が前世(?)で会った、どうやら妻らしい女の子、千鶴。
彼女と千秋がうりふたつの顔だったことも、響太の中でひっかかっていた。
(偶然ってわけじゃ、ないと思う)
もしかしたら、これは千秋を知る上でとても重要なことではないか。
(例えば、俺と響兵衛のように、千鶴と千秋も前世と来世の関係だったりして)
「………………」
………だが確たる根拠のない推論など、いくら考えたところで無駄に近かった。
「………あ」
(そういや………あの紙って何なんだろう)
響太はよっと起きあがると、机の上に置いてあった、紀子の持ってきてくれた紙束を手に取った。
数分遅く、更新するのがまた日をまたいでしまいました。
……もう少し余裕のある更新をすべきだなぁと実感します。