第86話 再び夢の中
(………………どこだろう、ここは)
響太はふわふわと漂っていた。
(まっくらだ)
意識はぼんやりしている。
混乱していて、今の状況や、自分自身についても、何だかよく分からない。
(………夢なのかな?
にしては、なんか意識がはっきりしてるような……………)
《男は、雪と名乗るその少女を数年間に渡り匿った》
そんな時だった。
突然声が聞こえたのは。
(…………誰?)
《……だが、雪の髪、瞳。
彼女の秘密は、その男の親にすら隠され、ゆえに匿うのは当然に困難を伴った》
響太の問いかけも一向に介さず、声は話を続ける。
《雪を匿うと決めたのは男であったが、男はそれを決めた時の記憶が、どうにも曖昧であった》
(………あれ?
この声、どこかで聞いたような………)
《『……なぜ自分はこんなことをしているのだろう?』
小さいものであったが、彼にもそんな、外国人に対する不信感はあった》
響太の思考に、しこりのようなものが溜まっていく。
《………そうした不満が、日に日にたまって行く》
(………あ、そうだ)
ふいに。
思考が整然とし、クリアになった。
《………その時だった》
ああ、そうだ。
《あの事件が起きたのは》
(………これは、俺だ)
そう思い当たった瞬間。
世界が真っ白に染まった。
***
「……………あれ?」
目を開けると、土と木で作られた簡素な天井が見えた。
それは見なれた自分の部屋の天井ではなく………
「………!!」
気づいた瞬間、響太は、がばぁっ! と布団から飛び起きた。
響太はベッドではなく床の布団で寝ている。畳の部屋、障子、達筆の掛け軸。
………僅かに、響太はこの光景に見覚えがあった。
(まさか………!!)
「……あら。お早いお目覚めですね」
「………!!!」
ドキィッ!! と心臓が飛び出そうなほど驚いた。
響太の視線の先。
自分と同じ布団の中。
そこには目を瞬かせながら、ぼんやりと自分を見つめる、澄んだ瞳。
千秋によく似た、黒髪が綺麗なかわいい女の子。
「………千鶴!!」
「……はい?」
響太の叫び声に?マークを浮かべながらも、千鶴は乱れた自分の服を軽く整え、「おはようございます」と頭を下げた。
「いい天気ですね」
「……………はい」
んーっと気持ち良さそうに伸びをしながら、千鶴は障子から漏れてくる光をまぶしそうに見つめた。
………響太は黙っていることしかできなかった。
マジマジと千鶴を見つめる。
「……どうしました?」
千鶴は首を傾げるが、響太は千鶴から目を離せなかった。
(……うはぁ〜)
千鶴は綺麗だった。
前会った時よりも、数段に。
前には幼い感じが顔や表情からにじみ出ていたが、今は違う。腰まで届く髪はより美しく、瞳はまつげまで綺麗に手入れされている。
全体的に身体が丸みと、なんていうのか、深みがあるようになった。
かわいいより色っぽい、という評が1番会っているようなそんな風貌になっていた。
(………すげぇ)
こんな美人が自分の隣にいる。そう思うと響太は急に恥ずかしくなり、視線を下の方に反らした。
「まだ時間は早いですが……どうしますか? もう少し寝ていますか?」
「いや………」
起きるよ。響太がそう言おうとした瞬間。
「……奥様」
まだ中学生にも満たないような幼い声が、障子越しに聞こえてきた。
「入っていいですよ?」
「………失礼します」
すっと障子が開く。
そこには真っ白な装いの着物を着た、線の細い少女。
「ユ………!!」
喉から出かかった言葉を、ぎりぎりで響太は押しこむ。
少女はそんな響太の様子に気づいた様子もなく……
「いつもの朝の掃除と準備、終了いたしました」
頭を下げ目線を床に向けたまま、そう言った。
「ご苦労さま」
千鶴はいかにも口だけというような、軽いねぎらいの言葉をつげる。
その間も、響太は呆然としていた。
髪は黒だし、記憶より少し幼さが強い気がするが………
(ユキナ―――――――!!!)
響太は心の中で絶叫した。