第84話 紀子の心
京都結神社の本殿。
「綾に尊き星結火乃命様…………」
日曜日を利用して、響太、結(ユキナは身体から出てった)、紀子の3人は東京からお祓いに来ていた。
ちなみに、都と深春はテレビ関連の仕事があったので欠席である。
「……御禊祓い給え」
『………………』
何十人もの巫女や宮司が一同に会し、その中のお偉方が響太に向かって玉ぐしを振りながら、祝詞を粛々と歌う。
………そんな厳粛な雰囲気の中で。
(………はぁ〜)
紀子は正座してお祓いを見ながら、心の中でため息をついた。
(私、役立たずだ)
響太が苦しんでいた時、何もできなかった。
後で事情を知らされ、ただ叫ぶことしかできなかった。
(……けど、幽霊って何よ、幽霊って)
紀子はそこそこ頭もいいし、運動神経もいい。
報道部でいろんな情報を知るために培ったもので、この能力はリーダーシップをとったり人間関係にも役立ち、いろんな所で紀子は役立たずというよりむしろ何かの中心としていつも行動してきた。
だがオカルトは明らかに専門外だ。運動神経も役に立たないし、自分の常識も通用しない。
ただ手をこまねいていることしかできないのだ。
………これほど歯がゆいことはない。
(…………むぐ〜)
………何かないのか?
響太をサポートできるようなこと………
何か―――
(………って、私にできることなんてたかが知れてるか)
苦笑する。
何だかんだ言っても、霊感もないただの一般人の自分には結局大したことなどできない。
………けど。
(何かできないかなぁ………)
ほぼ無駄なことだとわかっていても、紀子はずっとそのことばかり考えた。
***
一応お祓いも済み、後は片付けや後始末が残っているだけだ。
「うぐぁ〜、疲れた〜………」
「………2時間近く正座だったからねぇ」
紀子は片手に持ったジュースを響太に渡すと、自身も響太のそばに座った。
2人は今、大きな境内のベンチに座って、お団子を食べているのだ。
紀子の姉、結が出てくるのを2人で待っているのだが………
「………ねぇ、響太?」
紀子は響太の隣に座りながら、視線を足元に向ける。
「なんだ〜?」
気だるげに空を見ながら、響太は生返事を返した。
「………あたしにさ、何かできることあるかな」
「は?」
突拍子もない言葉に響太が口を半開きにしていると、紀子はずずいっと迫ってきた。
「何でもいいから」
紀子のつぶらな瞳が響太のまん前まで近づく。
「………おいおい」
(何でもって………)
ちらりとエッチぃお願いが思い浮かんだ思春期、響太。
(………いやいや! いきなり何を言ってるんだコイツは?)
冗談かと思って紀子を見るが、紀子の目は存外、真剣だった。
「そりゃあ私なんかにできることなんて、たかが知れてるのはわかってるけど………でもさ」
紀子は少し視線を下にずらすと、ぎゅっと唇をかんだ。
「………響太が苦しんでるのに、何もできないのは嫌なの」
顔をあげると、紀子の瞳は心なしか潤んでいた。
(……こ、こいつ!
なんつー………)
予想外に健気な紀子の言葉に、響太は動揺し、心臓をバクバクさせる。
嘘、勘違い、罠、様々な紀子に対する疑念が響太に浮かぶが、その考えも紀子の真剣な瞳が全て打ち消した。
………よくわからないが、これだけは確か。
今の紀子はガチだ。
「………………」
「………………」
沈黙が2人の間に下りた。
その時。
(……………あれ?)
響太はふとデジャヴを覚えた。
やや考えて、ああそうだ、と響太は思い返す。
たしか、小学生ぐらいの頃だったろうか。
紀子と冬に川辺で遊んでいたら、何の拍子だったか。
誤って川に落とされたことがあった。
紀子がおろおろしているウチに響太は川から上がり、「てめぇ何やってんだよ!」「な、何よ!」てな感じで そのままの勢いで喧嘩に発展。
そしてその翌日、響太は当然のように風邪をひいたのだが………
その日、紀子は前日のできごとが嘘のようにしおらしくなって「看病する!」と言って聞かなかった。
皆勤賞の健康優良児が、学校を休んでまで、だ。
『………………何かできること、ない?』
その時、申し訳なさそうにぽつりと言った言葉が、コレだった。
(………ああ、そうか)
響太は思った。
これはあの時と同じなのだ。
紀子は、またも自分を責めているのだ。
(やれやれ………この馬鹿)
そして響太は子供の頃、あの時自分が言ったことを思い出しながら、
「わかんねぇよ、そんなこと」
言葉を紡いだ。
「え……」
驚いたように響太を見る。
「自分で考えろよ。………何だってかまわねぇ」
ぽりぽりと、頬をかき照れくさそうにそっぽ向きながら言った。
「…………………たぶん、お前のやってくれることなら、何だって嬉しいから」
「あ………………」
紀子も思い出したかのように、声を出した。
(………恥ずい! なんだこの恥ずさは!!)
あの頃は紀子の一生懸命さが何となくわかっていたから、自分のためにやってくれることなら何でも構わない、とかそんな意味で言ったのだが。
(子供の頃の俺マセすぎだろこんにゃろ―――!!)
と響太はもだえる。
紀子はそれをぽーっと見ていた。
そして数瞬後。
嬉しそうに顔をほころばせた。
「……………うん!」