第83話 紀子とユキナ
消毒液の漂う、無機質な病院で、俺はユキナから事情を聞いていた。
「………はぁなるほど。俺はぐーぐー寝ててゆすっても何しても起きなかったと」
「………そうどす」
都は「ぐすっ……響太ぁ、よかったあ………」と子供みたいに泣いており、深春は都の横で
「何にしてもよかった……」と言いながら笑っていた。
ただ1人紀子は、頬を緩ませながらもユキナにきつい視線を向けていた。
「ねぇ…………」
紀子はゆっくりと言葉をつむいだ。
「何が起こってるのか、教えてくれる?」
***
「それでお姉ちゃんに………ユキナさんって幽霊が乗り移ってるんだね?」
「まぁ、そうなるね」
結局、紀子にも幽霊のこととか心霊体験とか、みんな話してしまった。
「………なんで」
ぼそりと紀子が何か呟く。
話しを進めるにつれて、どんどん紀子の眦がきつくなっていった。
(………ヤバ!)
何か知らないけど怒ってる!?
話しを変えなければ!
響太はその一心で必死に考えを巡らせ、
「す……」
「じ、実はですね……」
ユキナが何か言おうとしたのを遮って、夢で江戸時代っぽい場所に行ってたのだとユキナに話した。
しばらく2人は黙って聞いていたが、ふとユキナが呟いた。
「………それ、響太はんの前世やったんかもしれへんなぁ」
「ゼンセ?」
………ぜんせ、ゼンセ…………前世?
「前世ぇっ!?」
あんまりにも突拍子もない話に、響太はすっとんきょうな声をあげた。
「その通りどす」
「前世って、まさか……」
響太は笑い飛ばそうとしたが、ユキナはしごく真面目に言った。
「………幽体離脱したのかもしれんどすえ」
「幽体離脱?」
「イデアってご存知どすか?」
「「いであ?」」
聞いたことあるような無いような……と響太は紀子と2人そろって首をかしげる。
「あ、私知ってる!」
深春が声をあげた。
「確か現世とは違うもう1つの、真実の世界、だったよね?」
「そうどす。まぁいろいろ端折るけど、用はこの世には現世ともう1つ、精神世界があるってことどすえ。
そこは時間なんか関係ないんどす。せやから魂と魂が精神世界を通して、偶然引き合うことも、あるかもしれんどすえ」
「はぁ………」
響太は生返事を返した。
「響太はんは1度魂が抜けはったんどす。せやからその時に、過去の前世の魂と引きおうとったのかも………」
「………そうなんですかねぇ?」
正直、響太はあの時のことをほとんど覚えていなかった。
気づいたら別人になっていたのだ。むしろドッキリだったと言われた方がしっくりくる。
「申し訳ありまへん!」
突然、ユキナは土下座しそうな勢いで頭を下げた。
「ウチの注意が足らんかったばかりに、響太はんを危険な目に会わせてもうて!」
「い、いや! ていうか眠ってしまった俺が悪いのであってユキナは何も……」
「せやけど……」
「いやいや……」
ユキナと響太が押し問答を続けていると、
「頭を下げればいいってものじゃないよ」
紀子がぼそりと言った。
「え………」
響太が絶句していると、紀子は立ちあがると、せきが切ったように怒鳴り始めた。
「響太があのまま帰ってこなかったらどうするつもりだったの!? 不注意でした? 響太の命がそんな簡単な言葉で片付くはずないでしょ!?」
「紀子!!」
響太は紀子に向かって怒鳴った。
「とにかく無事だったんだ! それでいいじゃないか!」
「でも………!」
「ほんに……すんまへんでした」
ユキナは悲しそうにまた頭を下げた。
「罪滅ぼしいうんやないけど、お払いだけはさしてください。見たところ響太はんには幽霊は憑いてなさそうやけど、あの場にたくさんの危険な幽霊たちがおったんも事実どすから………」
「……………」
紀子は黙ってユキナを見つめた。
しばらく厳しい顔をしていたが、不意に正気に返ったように、うつむいた。
「許されることじゃないよ。………けどねユキナ。
聞いた限りではユキナさんがそんなに悪かった、ってわけでもなさそうだし………
それに、そもそも私何もできなかったから………………
怒鳴ったりして、ごめん」
最後に小さく、紀子は謝った。