第82話 純白の記憶
「……………ん?」
響太は少しだけめまいを覚え、頭を押さえた。
「大丈夫ですか?」
「ああ………うん」
心配そうに千鶴が声をかけてきたが、響太は何でもないという風に手を横に振った。
「……少し、眠いのかもしれない」
「まぁ………無理もないですね。昨日は遅かったですし」
くすくすと笑いながら、千鶴は少しだけ顔を赤らめていた。
(だから昨日何やったんだ俺………!)
「少し仮眠をとられますか?」
「………じゃあ、悪いけどお願い」
千鶴がたたんでいた布団を再び敷き始める。
その様子をぼーっとみながらも、
(………やば、本当にねむ)
急激に襲ってきた睡魔と戦っていた。
そして閉じそうになるまぶたを必死で開けながら、響太は布団が敷かれると同時にそこに倒れこんだ。
「ちょ、ちょっと響さん?」
千鶴の驚いたような声を最後に、響太は夢の中に旅立って行った。
***
(死んだら、心はどこに行くのだろう?
天国? 地獄?
それとも他のところ?
………いや、もしかしたら、どこにもいかないのかもしれない。
たぶん、消えるのだ。
眠っている時、時間がわからなくなるように。
ふっ、と。
ただ、消える。
ボクは子供の頃、漠然とそんなことを考えて、怖くなったことを覚えている。
意識が消えるというのは、言葉で言うのは容易いけれど、どんな感じなのか、想像するのが最も難しい。
意識のない状態を意識する。
それはボールのないサッカー、楽器のない音楽、お金のない買い物。
これらと同じだ。
矛盾しているのだ。
だから、考えても答えは出ない。
………だけど。
子供の頃は、それがほんの少しだけわかった。
もちろん、死んだことがないから意識のない状態、つまり死後の世界などわからないし、想像もできなかったが。
意識がない状態というのは、もう1つある。
自分が産まれる前、いや、存在する前を想像すればいいのだ。
子供の頃は産まれてから日が浅いから、『自分にとっての1番始めの記憶』、というのを探ることができる。
年をとればとるほど、その作業は難しくなるが、あの頃のボクには、それができた。
犬に吠えられて泣きそうになったこと、寝そうになりながらも母親の首筋を熱心に見ていたこと、初めて1人で立ちあがったときのこと。
そしてお腹の中、あの真っ暗な記憶までさかのぼって………そこからぷつん、と記憶がなくなった。
自分は、産まれる前は何をしていたのだろう?
いくら考えても、答えは出ない。
………ただ。
考えれば考えるほど、なぜかとても怖くなった。
そうして考えが行き詰まった時、無償に母親と一緒に眠りたくなったっけ)
………響太は、自分以外に何もない、真っ白な世界で。
ただぼんやりと考えていた。
(………………)
そこに1つの心が、幾重にも重なった偶然から、ここに、響太の世界に迷い込んできた。
色の無い、純粋で真っ白な2つの心。
それがゆっくりと交じり合う。
溶け合う。
真っ白な世界の中で。
水と水が合わさるように。
自然に。
***
………あ。
「………ん?」
ぐわんぐわんする頭を押さえながら、響太は眼を覚ました。
なぜか身体中がぱきぱきと固くなっている気がするし、何か思考と記憶がぼやけている。
そこで………何か視線を感じた。
「………あれ?」
よく見ると、都、紀子、深春にユキナと、女性陣がそろいぶみしていた。
そろいもそろって、眼が飛び出そうなくらい大きく眼を見開いている。
「………どうしたの?」
「きょう………た?」
都が信じられない、といった風に呟く。
「はい?」
わけがわからないのでとりあえず返事してみる。
すると、
「おわっ!?」
「う……ぐ………!」
都の涙がぶわっと溢れ出した。
「響太ああああああ!!!」
「おぶぅっ!!」
都の勢いに任せた殺人タックルが、響太のみぞおちに見事に決まった。






