第78話 知らない部屋
「………響さん」
「………………」
(……………なんだ?)
ぼんやりとした意識の中で、優しそうな女の子の声が聞こえた。
「……響さん」
「………………」
(…………知らない声だ)
…………誰だろう?
少しだけ考えるが、響太にはその声の主に覚えがない。
(………ていうか、響って誰?)
自分に向けられた声ではないのかもしれない。
そう思いながら再び深い眠りにつこうとして…………
「ほら起きてください」
「んっ?」
肩を揺すられたため、響太はゆっくりと目を覚ました。
(……なんだ?)
周りを見渡すと、古びた土壁が目についた。
床は畳、扉は障子、と典型的な日本家屋で、響太は寝ていた。
………無論、こんな場所響太は知らない。
「………ほら、いつまでも寝てないで。朝ですよ。」
響太の目の前に嬉しそうに笑っている若い女の人がいた。
その人は赤を基調とした着物を着ており、目鼻立ちの整ったもの凄い美人であった。
……が、響太にはそんなことよりも。
「………!」
ピシッ
何気なくその人の顔を見たその瞬間、響太は石のように固まっていた。
白い肌、肩まで届く艶やかな黒髪、そしてどこか深春に似たすっきりした顔立ちの、中学生ぐらいの女の子。
……この女の子に見覚えがあったからだ。
「………千秋っ!?」
「………はい?」
そう、霊になったはずの千秋そっくりの人だったのだ。
「……………?」
しかし女の人は、寝ぼけてるんですか、という風に首をかしげている。
名前を間違ったのか……とそれに思い当たった瞬間。
響太に1つの名前が思い浮かんだ。
「……千鶴?」
「はい」
それで正しかったらしく、女の子は笑って頷いた。
(……………なんで?)
なぜこの人の名前がわかったのか、何もわからずに混乱するが。
それよりも……と響太は千鶴をじろじろ見た。
どーみても目の前にいる千鶴は、幽霊とかその類ではなく。
……普通の人間に見えた。
「………………」
ふにふに
「………な、何です?」
本当に実体か? という疑念のもと、千鶴の頬を触ってみる響太だったが………
普通に触れた。しかもちょっと暖かかった。
響太が頬を触っているせいか、千鶴は少し恥ずかしそうに目をそらす。
(………かわいい。…………じゃなくて!)
……人間だ。
その確信を得た瞬間、響太は驚きに頭がパニックになった。
驚天動地の出来事だった。
何せ幽霊になっているはずの人が、いきなり生きた人間として、隣にいるのだから。
(……た、ただのそっくりさんなのか? てか何で俺はこんな所で眠って………?)
とぐるぐる頭を混乱させていると、
「あ、朝餉を持ってきますから。ちょっと待っててくださいね」
千鶴は慌てて立ち上がって、障子を開けると廊下をぱたぱたと走って行った。
(……………いったい何がどうなってるんだ?)
『?』マークを5,6個頭に並べながら、響太はふと。
自分が寝ていた布団を見た。
「………………え」
思わず口を『え』の形にしたまま、ソレを凝視する。
自分が寝ていたのは、少し大きめの布団。
そして、そこには枕が2つ。
「………………………………」
ぼんやりと、千鶴が出て行った障子を見た。
(………確か見た目14,5才ぐらいだったよな〜、千鶴)
ぽろっと、そんなことを考えた。
……そして。
(昨日何やった俺――――――!!)
自身に身に覚えのない、未成年との同衾疑惑を覚える響太だった。
………同じ頃。
響太が目覚めた町より少しばかり離れた、人気のない森の中で。
「あ…………う……………」
1人の少女が、餓死寸前になっていた。
10才前後に見える少女は、何も身につけておらず裸のままでよろよろと木々の間を歩いていた。
身体は汚れて傷だらけになっており、左腕は不自然に腫れ上がっている。
「う…………」
喉はからからに乾き、過労と空腹で朦朧としながらも。
……少女はただ1つのことを考えた。
(……………たす…………け…………て)
誰でもいい。
誰か。
そう願い1歩、また1歩と歩くが…………
「…………あ」
ドサッ…………
足下の石につまずいて、倒れてしまった。
(………………誰か)
その言葉を最後に、少女の意識は途切れた。
さ〜て。響太の頭がぐるぐる回っております(笑)