第77話 呑まれる
「……………(ごくり)」
ちらりと下を見て、響太は深い後悔と同時に慌てて目を閉じた。
眼下にはここから地上までの、目もくらむような高さ。
響太はふと、ここから落ちたら足の骨当然折れるんだよな〜、とか嫌な考えが頭に浮かび、慌ててその考えを振り払う。
(………怖! これ怖すぎ!)
………心で叫んでみても、しょうがなかった。
響太がそんな感じで悩んでいる間に。
「行くどすえ!」
隣でユキナが叫ぶと同時に、
ビュッ!
あっという間に縄から下に降りていた。
そして。
「………ふぅ」
ユキナは地上まで無事、降りることができた。
「お姉ちゃん! 何危ないことやってんの!?」
「………? ああ、結はんの妹はんどすか」
「……へ? 何言ってんの、お姉ちゃん?」
「初めまして。いつもお姉はんにはお世話になっとります。ウチはユキナと申します」
「………???」
………とまぁ、かみ合わない会話が紀子とユキナ(外見は結)の間で繰り広げられてはいたが。
(……………今度は俺の番か)
下から「響太は〜ん! 早う!」とユキナからの声が聞こえてくる。
「はぁ………はぁ………」
手がぶるぶると震え、正直響太の緊張も限界に近かった。
(………震えててもしょうがない!)
「………………いくぞ!」
響太は自分を奮い立たせ、今度こそ覚悟を決めた。
パッ
と手と足を空中へ離す。
ビュオオオオ!
耳元から風切り音が聞こえ、重力に引っ張られ響太の身体が一気に下降する。
………が。
(む………むりむり!!)
響太は恐怖に耐えきれず、すぐに縄を握りしめた。
ズリズリズリ……!
恐怖に目を閉じ手の皮がむけて痛かったが、それでも響太は必死で縄を握りしめた。
そして………落下が止まる。
(………ふう)
助かった………と大きく息をついたが。
「響太はん!!」
(………ん?)
下の方からユキナの必死の声が聞こえて、響太はハタと目を開けた。
そして、目の前を見る。
………見てしまった。
(………あ)
響太が止まった場所。
そこはちょうど2階に位置する場所だったのだと、響太は遅ればせながら気づいた。
目を開けると、そこには周囲の闇よりさらに暗い霧に囲まれ生気のない顔をした………
千秋の霊が2階の窓からこちらを見ていた。
「………………あ」
響太がその姿を見て恐怖に固まる一瞬前に。
ズオッ!
黒い霧が固まりとなって、響太を呑み込んだ。
苦しいこと。
悲しいこと。
つらいこと。
大変なことがこの世にはたくさんある。
………それでも、と私は思い直す。
前よりはマシ。
私は唯の人間なのに。
みんなと同じ人間なのに。
疫病神だって、悪魔だって。
………そう罵られたあの日々よりは。
私は望む。
私のように苦しむ人たちがいない、全ての者に等しく日の光がふりそそぐ………………そんな世界を。
「………こ〜して見ると、初代結びの巫女さん、凄いのねぇ」
放送局の事務室の中。
都は椅子に座って資料に目を通しながら、感嘆の声をあげた。
「ですねぇ」
近くの席から、同じように資料に目を通していた男性ディレクターが同意した。
「差別、偏見、貧困、そういった不幸にもめげず、なおかつ自分と同じように苦しんでいる人たちをも助ける。中々できることじゃないですよ」
「………外国人とのハーフ、か」
今でこそ外国人の血が混ざっている、という程度で差別や偏見などほとんど生まれないが、ユキナが生まれた当時。
江戸時代。
幕府がとった鎖国政策は、ユキナにとって地獄のような差別の日々の引き金となってしまった。
「………本人見たら、こんな苦労しているようには見えないのにねぇ」
都は資料を見ながら、ぼそっとそう呟いた。