第68話 廃デパートの前で
おんぼろになったデパートの前の駐車場で、響太は自分の携帯をぼーっと見ていた。
「………何で怒ってたんだアイツ?」
さきほどの紀子からの電話を思い返し、首をかしげる。
(………やっぱり無断でサボったから怒ってるのか?)
紀子の気持ちを理解しようと考えるが、結局よくわからず、響太はそれ以上このことについて考えるのをやめた。
それに、紀子について目下もう1つ問題があった。
「………待っとけって言われてもなあ」
紀子は学校にいるはずだし、今は昼休みとはいえ、ここから学校まで自転車でも30分弱はかかるのだ。
さすがに紀子がここまで来るわけがない。
………だったら、いつまでここで待っていればいいんだろう?
もう1度電話をかけようにも、紀子は電話の電源を切ってしまったらしく、通じなかった。
「………どうしよう?」
不気味な雰囲気のデパートを前にして、響太は途方に暮れていた。
その時、視界の先、デパートの端の小道に人影が見えた。
響太は何とはなしに、その人影を注視する。
その人は黒のワンピースを着た、落ち着いた雰囲気の美女だった。
(……? 何してるんだろう)
人のことは言えないが、この通りは表の大通りとは少し外れており、あまり人が来るような所ではない。
現に今も、響太と、その女性以外は付近に誰もいなかった。
「……あら?」
その女性は驚いたような声をあげると、響太に向かってまっすぐ歩いてきた。
「……?」
明らかに、響太の方を見据えて歩いてきている。
見知らぬ人に凝視され、響太は一瞬首をかしげた。
近づくにつれて、その人の顔かたちがはっきりわかってくる。
(………ってあれ、この人もしかして)
その人の顔を見て、響太は頭の隅に引っかかるものを感じていた。
女性は響太のすぐ傍に立つと、おそるおそる聞いてきた。
「………もしかして、響太さんですか?」
「あ………もしかして」
ふんわりした優しそうな声を聞いて、響太はようやくその女性が誰か理解した。
「結さんですか?」
「はい!」
その人は京都の神社で会った巫女さんだった。
私服姿の結は嬉しそうに笑った。
「はぁ……はぁ………!」
紀子は根性で3kmの距離をほぼ全力で、セーラー服のまま爆走していた。
息も絶え絶えで、カバンも軽いとはいえ邪魔なのに、それでも紀子はペースを落とさず走る。
(………いなかったら、死刑にしてやる)
………ちなみに、これが紀子を支えている気持ちである。
響太、何気に命の危機だった。
走りながらでも、紀子は余計なことを考える。
(ついでに深春が一緒にいたら………
いたら………)
「………あー! アホかあたしは!」
自分の想像でへこんでどうするー! と頭をぶんぶん振る。
「うっ………ごほっ、ごほっ」
ついでにむせてよろけた。
が、それでもダダダダダ………! と勢いよく大通りを走る。
(………もう少し!)
青信号を渡ると、大通りから脇道にそれた。
(………ここを曲がれば!)
そう思って垣根の角を曲がった。
垣根に邪魔されていた視界が開け、大きな廃デパートが視界一杯に広がる。
「………へ?」
そのデパートのすぐ下、もと駐車場に響太がいた。
………が、一緒に誰かいた。
「あ………って紀子!?」
響太が紀子を見つけ、驚きの声をあげる。
しかしその後、響太の横にいた結が「あーっ!」と大声をあげた。
「紀子じゃん!」
「へ?」
学校にいるはずの紀子が本当にここに来たということ。
普段丁寧な物腰の結がいきなりくだけた言い方をし、なぜか紀子を知っているということのダブルパンチに響太は呆然とした。
紀子は結びを見ると、「あ………あ………」と声にならない声をあげた。
「お姉ちゃん!」
「はいっ!?」
響太の、今日1番の驚愕の声が、廃れたデパートの中にこだました。