第66話 ………悶々
「………あーあ」
昼休みの教室。
熊がお昼寝をしている待ち受け画面の携帯を見ながら、紀子はため息をついた。
響太にメールを出しても返信が帰ってこない。電話をしても電源が切れていて出てくれない。
(………………役立たず)
携帯を恨めしく思いながら、紀子は椅子に身体を投げ出し、ぐでーんとしている。
「紀子〜? また元気ないね」
「沙紀〜?」
だるそうに視線を向けると、そこには面白そうに顔をのぞき込んでいる長谷沙紀がいた。
「どったの?」
「いやさ〜………」
紀子はだるそうに口を開こうとするが、
「………なんでもない」
途中で言おうとしたことを止めた。
正直、言いにくかったからだが………
「ふっ、それはアレですな? 『しゃべるマシンガン』と言われたこの私のたくましい想像力で当ててみろと………」
「………ごめん、ちゃんと言う」
紀子は即座にギブアップした。
『しゃべるマシンガン』の異名は伊達ではない。
紀子は報道部をやっており長谷は情報提供をよくしてくれるありがたい存在なのだが、その時長谷は本当によくしゃべるのだ。
しかも、尾ひれ胸びれつけまくって。
ここで素直に言わなければ、それこそ明日から自分が周囲からどういう存在になっているのか、紀子は想像するだけで恐ろしかった。
にやりと長谷が勝ち誇った顔をした。
紀子は渋々開きかけた口を開いた。
「響太とみは………じゃなかった深冬、今どこで何してるのかな〜って………」
紀子はぼーっと響太の席を見ていた。
(今アイツ、どんな顔してるんだろう?)
深春と一緒に笑ってないだろうか?
学校サボって。
自分のことなどすっかり忘れて。
(………嫌だな)
「何って? 風邪じゃないの?」
長谷はよくわからない、という風に頭にはてなマークをつけた。
「………そうなんだけど」
本当に風邪なのか、と考えていることまで、紀子は言いあぐねた。
よくよく冷静になって考えてみると、2人が同時に休んだ=デートしてる、なんて思考はさすがに短絡的すぎて言いづらいからだ。
(………そう思いつつも、その疑念を捨て去れない自分がいるわけだけど)
それに、だ。
紀子は昨日のことを思い出した。
昨日下駄箱で響太に会った時、つい、素っ気なく接してしまった。
内心の動揺を気取られないようにするためだったのだが………
(………あれで私、愛想つかされてたりして)
思考がどんどん悪い方にすすんでいく。
紀子は知らず知らずのウチに、視線が下に下に下がっていっていた。
「………? よくわからないけど、2人が心配なの?」
「……ま、そうね」
詳しく説明する気もないので、紀子はそうおざなりに答えた。
だったら………と長谷は何気なく言った。
「お見舞いでも行けば?」
「あ………」
長谷の言葉に、紀子はぽん、と手を打った。
(……そっか、響太の家にお見舞いに行けば)
もしデートしてるなら家にいないはずだし、本当に風邪なら家でおとなしくしているはずだ。
この悶々とした気持ちも、すっきりするはずだ。
紀子はそう考えると、急に力が湧いてきた。
(………よし)
響太の家に行こう。
それもなるべく早く。
考えたら即実行、がモットーの紀子は、すぐに立ち上がった。
「ありがと沙紀。行ってくるね」
「はいっ!? 今から!?」
素っ頓狂な声を出している長谷を無視して、紀子はカバンを持った。
「先生!」
「なんだ?」
たまたま教室で愛妻弁当を食べていた原田教師に、紀子は勢いよく告げた。
「お腹痛いから早退します!」
「……いや、元山。お前見たところ元気バリバリ………」
「では!」
「っておいコラ待て!」
ガラッ!
先生の制止も聞かずに、紀子は教室を飛び出した。
残された生徒たちは、みな呆気にとられていた。
「………………愛か」
残された長谷は1人、アホなことを呟いていた。