第64話 誤解
夜、山田家。
「………帰ってこれない?」
「………うん」
電話先で、都が力なくそう言った。
「『歴史探訪』って番組あるでしょ?」
「………ああ。あの歴史上の偉人たちの特集やってる番組?」
「そう」
『歴史探訪』とは、聖徳太子とか徳川家康とか、とにかく世界中の歴史上の偉人1人1人にスポットを当てて、その偉業を特集する番組だ。
歴史を舞台にした番組は地味なものになりがちだが、この番組は派手な音楽やCGなどを駆使してそこそこ人気を集めている。
「数ヶ月先の話なんだけど、その番組のスペシャルの内容がまだ未定でね。それで、え〜と、結神社を作った初代巫女さん………つまりはユキナのことを取り上げたらどうかって、提案したの」
「へ〜」
「本人がここにいることだし、幸いユキナって生前は結構頑張っていろいろやってたみたいだしね。そのことを取り上げればそこそこ面白いのはできそうなんだけど………」
「………ど?」
そこで都は話を止めると、はぁ〜………と盛大にため息をついた。
「………毎度のことながら、ディレクターさんたちを説得するのに、骨が折れそうなのよ。たぶん、数日かかるわね」
「その間、ずっと帰ってこれないの?」
「……うん」
うきゃ〜! っと髪をかきむしり悶える都の声が、電話越しに聞こえた。
「なんで! また響太と会えない! 愛が足りない! 愛がなきゃ生きられない! もういやあああああ!」
「……お電話代わるね」
「ああ、深春」
悶えてどうしようもなくなった都に代わって、深春が電話に出た。
「というわけだから、しばらく私も都さんも、あとユキナも学校を休むことになりそう。クラスのみんなによろしくね?」
「わかった」
「………それと」
「ん?」
深春は言いづらそうに言葉を濁した。
「………ごめんね」
「なにが?」
「いろいろ。今までたくさん、響太くんには迷惑かけちゃったから」
「なんでそんなこと謝るの?」
響太は笑った。
「むしろもっと迷惑かけてくれてもいいくらいだよ。深春と一緒に暮らせて、楽しかったよ。できればずっとこうしていたいぐらい」
それは響太の心からの言葉であり、願いでもあった。
………できることならずっと、深春たちと楽しく暮らしたい。
広い家でみんなと過ごす楽しさを知ってしまった響太にとって、今の、この家に1人の状況は今まで以上につらく思えた。
だから、だ。
「……ありがと」
深春ははにかみながらそう言う。
「………電話、ユキナと代わるね」
深春がそう言うと、ことん、と受話器を置く音が聞こえた。
「最後に、ウチからの報告どすえ」
ユキナの声が聞こえた。
「ウチらは番組製作に奔走するとして、響太はんには、他にやってもらいことがあるんどす」
「やってもらいたいこと?」
「ええ。千秋はんのことどすえ」
ユキナは真面目な口調で話し始めた。
………翌日。
「………………今日は山田も休みだそうだ」
響太の教室には、深春と響太、2人の席が空席になっていた。
「え………?」
紀子は呆然としながら、空になった2人の席を見た。
「まぁ、風邪だそうだからな。大事をとるに越したことはないだろう。みんなも、風邪にはくれぐれも気をつけるように」
このクラスの副担任である、結婚10年目を迎えたまだまだ現役の国語教師、原田がそう言ったが、紀子には聞こえなかった。
(………休み?
…………2人一緒に?
……………なんで?)
紀子はただただ混乱していた。
頭の中に、嫌な想像がわき出る。
(やっぱりあの2人つきあって…………え? じゃあ2人が休んだのってもしかして風邪じゃなくて………)
若干少女漫画で慣らされた脳が、この間違った結論をはじき出した。
(………デート?)
一応言っておきますと、『歴史探訪』は架空の番組です。