第62話 響太の才
「頼み………どすか?」
ユキナが首をかしげる。言葉はわからなくてもその雰囲気を察したのか、深春はこくりと神妙に頷いた。
「あなた、偉い神さまなんだよね?」
「……まぁ、そこそこ格はあると自負しとりますえ」
そう言いながら、深春にもわかるようにこくりと頷く。
「………私の妹を見てもらいたいの」
(あ………千秋のことか)
「ほぅ………」
深春はユキナに千秋が眠り続けてることを話した。
(………もしかして)
深春の説明の中、響太は考えた。
(深春、千秋の昏睡が………霊による仕業だと考えてる?)
千秋は植物状態なはずだ。
これは確か脳の損傷が原因であったはずだから、霊的影響とか関係ない可能性の方が高いと思うけど………
「………その子が霊的干渉を受け取るんなら解決することも可能やけど、医学的なことならウチは関与できまへんえ?」
ユキナもそのことについて言及した。
「千秋の霊的な影響についてはどうにかできるけど、医学的問題ならどうしようもないって」
響太はそう深春に伝えた。
「………いいの」
深春は、何かを決意しているかのように、真剣な表情で頷いた。
「………………」
少し、場を沈黙が支配する。
テレビも空調もつけてないから、静けさが耳に痛いほどだった。
「…………もし」
ぽつりと深春が言った。
「もし、千秋が霊的な治療を施してもどうしようもなかったら………」
………深春は、テーブルに隠れた膝の上で、ぎゅっと手を握った。
「………少しでいい」
その声は少し擦れており、哀願の呈を漂わせていた。
「………千秋の霊と、話をさせて」
深夜、1時過ぎ。
「………はぁ」
響太はベッドの中で、眠れないままため息をついた。
「眠られへん?」
ベッドの下から、ユキナの声が聞こえてきた。
「……ごめん、起こしちゃった?」
「いえ、ウチは猫にとりついとるせいか、いっこも眠れへんよって」
(………ああ。猫って基本、夜行性だからな)
「………心配ごとどすえ?」
「ま、そんなところ」
響太は薄暗い天井を見ながら、ゆっくり言葉を紡いだ。
「夕食の時にさ、深春が言ったことが気になっちゃって」
「………霊と話せないか、言うとったことどす?」
「………うん」
………せめて、千秋の霊と話したい。
ずっと眠り続けた千秋の世話をし、その入院費を稼ぐためにずっと頑張って。
あの言葉には、一体どんなに強い思いが込められていたのだろうか。
「………難しいおすなぁ」
ユキナはそう呟いた。
夕食の時、深春にそう頼まれたユキナは「……わかりました。最善を尽くしましょ」とそれだけの言葉を深春に返した。そして響太がユキナの言葉を伝えると、深春は覚悟したようにこくりと頷いた。
「もともと霊は単なる思念の固まりやよって。そうした思念を集めんと、まともに話すことすら難しいんどす」
「え………と、どうやって集めるの?」
「巫女が思念を自らの身体に乗り移らせるんどす。せやけど………」
はぁ〜、とユキナは深々とため息をついた。
「そんな強い力を持った巫女は、残念ながら現代にはもうおらんどすえ」
「………そうなんだ」
(そういや、結さんも「自分は才能がない」て言ってたしなぁ)
「できれば叶えてあげたい思うんやけど…………こればっかりは難しいどすえ」
う〜ん、と唸るユキナ。
「そもそも、そういう思念ってどういう形をしているの?」
「やっぱり霧の形が1番多いどす」
(霧って………あの黒い嫌な感じの奴のことか……………でも)
「………あれ? けど俺が見た霊って、ちゃんと人の形してたけど」
「………なんやて?」
響太がそう何気なく言った言葉に、ユキナは起き上がった。
そしてとんっと飛び上がると、寝転がっている響太の胸の上に立った。
「………それ、ホンマどすか? 霧やのうて、ホンマに人の形に見えはったんか?」
「う………うん」
鼻にユキナの毛玉がかかってくすぐったかったが、響太は今まで会った霊のことを思い出した。
いつも、少女の幽霊みたいな姿だったけど、ちゃんと人間だった。それは確かだ。
「それがもしホンマやったら……………………いや、せやけど男の憑巫の例はほんに少ないし………」
「………?」
響太が首を傾げていると、
「響太はん!」
ユキナが興奮したように叫んだ。
「どうにかなるかもしれんどすえ!」
「え………?」
響太はただただ呆然としていた。