第60話 都パニック
(………下手したら、あのまま眠ったままだった?)
「え……………」
じわりじわりと、実感がにじみ出てくる。
渇いた喉を、響太はごくりとならした。
「響太はんは人より思念への感受性が強うなってはるんやから、余計にな」
ユキナは便座から飛び上がると、響太の肩に乗った。
「うわっと………って、思念への感受性が高い?」
(………どういうこと?)
「思念を認知しやすいってことどすえ。響太はんは、こうしてウチのような実態より思念に近い存在を視認したり、あとは幽霊に憑かれやすいような体質なんどす」
「……うわ」
響太は嫌そうな顔をした。
「そう邪険にするようなことやあらしまへん。むしろ、ウチら巫女にとってはうらやましゅうなる能力どす」
「………なんで?」
「ウチらはそれが仕事だからどすえ」
とんっと肩から飛ぶと、再び便座の上に戻る。
「響太はんのように霊的存在と話したり、いろいろとな……………………ところで」
ユキナはトイレの周りをぐるりと見渡すと、嫌そうに言った。
「………そろそろ、こっから出まへん?」
「………………」
なんか自分が大きいトイレをしてきたような気分になりながら、響太は無言でトイレから出た。
(……あ、そういや鍋火にかけたまんまだ)
早く火を止めないと、そう思いながらキッチンに戻ろうとした。
………その時だった。
「きょ!」
バン!
ドアが勢いよく開け放たれる。
「うわ!」
「う!」
その人物が、足に力をためる。
(あ………爆発寸前)
「た――――!」
どっかーんっ! てな感じで帰ってきた都が、猪みたいに響太につっこんできた。
両手を広げ、喜色満面だった。
微妙に涙までちょちょぎれている
「ちょ、ちょっと母さん?」
「つらかったよ寂しかったよ響太がいないと私死んじゃうもうダメええええ!!」
「うむぎゅ!」
都の豊満な胸の中に埋もれる響太。
「響太響太響太あああああ!」
「むぐぐぐぐ!」
(あ、つ、く、る、しい!)
さすがに漫画みたいに窒息するようなことはないし、胸に顔を埋めている体勢なのだ。うらやましがられそうなものだが、それでも嫌なものは嫌なのである。
「あー………」
深春がぽりぽり頬をかきながら現れた。
「全開バリバリだなぁ、都さん」
「はぁ〜………生き返るうううう………」
「うむぐぐぐぅ!」
深春の呆れた声にも、まったく頓着していなかった。
「………まったく、大変どすなぁ、響太はん」
ユキナも響太の後ろで呆れたような声をだした。
「え………」
都が突然、響太をハグした姿勢で止まった。
両目を一杯に開けて、呑気にてくてく歩いてき白猫、ユキナを見ている。
「………どないしたんどすか?」
視線を向けられたユキナが首をかしげた。
都は響太につかまったまま、ぷるぷると震えだした。
「いいいいやあああああ! 化け猫おおおおお!」
「はいっ!?」
都は叫びながら響太の後ろに隠れた。
「ちょ、ちょっと母さん? どうしたの?」
「だ、だってあの猫………」
「………?」
「しゃべったじゃないのおおおお!」
「「ええっ!」」
響太と深春の驚いた声があがる。
(ちょ、ちょっとなんで母さんにユキナの声が聞こえるのぉ!?)
響太は都がなぜユキナの声を聞けているのかと混乱し、深春は都が言ったことに疑問符を浮かべた。
「あらまぁ、さすがは響太はんのお母はんどすなぁ。響太はんと同じで、感受性が強うなってはる」
ユキナだけは落ち着き払った様子で、そう言っていた。