第56話 暗い昼休み
昼休み。
鳴美が「深冬さまぁ〜ん!」と猫なで声をあげながら深春に近づいたとき。
「………」
紀子はため息をつきながら、鞄を持って自分の席から立ち上がった。
「あれ? ノリちゃん今日も一緒に食べないの」
「………うん、ごめんね」
ガラッ
紀子は鳴美に片目を瞑りながら謝ったあと、若干暗い顔で教室から出た。
「あ、待ってよ紀子〜!」
その様子を見ていた紀子の友人、セミロングの茶髪の今風少女、長谷沙紀が追いかけた。
「………お姉さま? ノリちゃんと何かあったんですか」
「………わかる?」
「そりゃあ、ノリちゃんがあんなにあからさまにお姉さまから視線そらしてれば」
鳴美は首の後ろに手を回しながら、紀子の椅子に身を投げ出すように座った。
深春はその言葉を聞きながら、「………いろいろあってね」と困った顔で苦笑した。
「そうですか。珍しいですよね〜。いつもはノリちゃん、結構さばさばしてるのに」
「………だよね」
(………やっぱり本気で怒ってるよねぇ、あれは)
はぁ〜、とため息をつきながら、がくりと頭をたれる。
「どうしよう?」
「………う〜ん。普通は謝ればオッケーなんでしょうけど………あの怒り方はちょっと普通じゃないですし。………といいますか、私よりお姉さまのほうがそういうことは慣れてるんじゃありません? ほら、仕事の関係で」
鳴美はお弁当を広げながら言った。
仕事の関係とは、もちろんアイドルなんだから人間関係はお手の物だろう、ということである。
「………そうだけど。私もあんなに怒った人を見るのは初めてなのよ」
「ええ!」
鳴美は意外そうに驚いた。
「いろんな人には会ったけど、みんな仕事だからってどこか割り切ってるところがあったから」
深春もお弁当のふたを開け、自分で作ったサラダを口に運んだ。
「………なんか味気ない」
深春は不満げに頬を膨らませた。
「ねえねえ、ちょっと!」
「………………」
長谷が慌てて紀子を追うが、紀子は無言でずんずん廊下を歩いた。
「……どうしたの? そんなに怒って」
「……怒ってない」
紀子は長谷の顔も見ず、歩調を早める。
「………けど、機嫌は悪い」
険しい顔で、言外で「ついてくるな」と言った。
「あ、そう」
しかし長谷はそんなことで怯むタマではなかった。
むしろにやにや笑いながら聞いた。
「………響太くん関連かな?」
「………」
ぴくっと、紀子の頬が動く。
「深冬ちゃんも関連してるのかな?」
「………………」
ぴくぴくっと、紀子の頬が引きつる。
「嫉妬っぽいのかなぁ〜ん!」
「ああ――――もう!」
紀子の顔をのぞき込もうとする長谷に、紀子は振り向きざまにガーっと怒鳴った。
「どうでもいいでしょそんなことは! ほっといてよ!」
「ほっとけって? ふっ、甘いね」
長谷はニヒルに笑いながら、見えない帽子をくいっとあげる動作をした。
「こんな面白いこと、ほっとけっていうのが無理な話だろう?」
「ぐ………!」
「まあまあ、怖い顔しない!」
ばんばん、と紀子の肩を叩いた。
乱暴に肩を叩かれながら、紀子はああそうだった、と思い返していた。
長谷は自分の友人をしてるだけあって、じゃじゃ馬だ。
特にこういう色恋関係では、相手がどういう反応をしようと目の色変えて追求してくるのだ。
「いいじゃない」
「は?」
紀子が間の抜けた顔をしていると、長谷はにっこりと健康そうに笑った。
「いいことだよ。色恋は女の性だよ。命短し恋せよ乙女! 嫉妬略奪横恋慕! これはむしろ恋愛の醍醐味だね! 恋愛は障害があるほど萌える……じゃなかった燃えるものなんだよ!」
「いや、けど………」
紀子が戸惑った風に瞳をゆらすと、長谷はくりっとした目をいっそうぱちっと見開いた。
「三角関係、禁断の恋、それに身もだえる少女! くっはぁ〜! クる! 何かクるよわたしゃあ!」
そしていやんいやんと身をくねらせる長谷。
「………はぁ〜」
(……なんか悩んでるのがばかばかしくなった)
紀子は呆れてため息をもらした。
………だが。
こわばっていた頬がゆるんでいることに、紀子は気づかなかった。
………ちなみに、その時響太は。
「……くそう。なんという、うまさだ!」
東京のローカル線に乗りながら、京都で買った生八つ橋に舌鼓をうっていた。
時間とは、人間を拘束する牢獄である。
………とまあ、こんなエセ哲学なこと言って何が言いたいかというと。
なんか最近(というかいつも?)時間がない!