第54話 小さな神社の中で
午後8時。
神社の大広間で、響太は夕飯をごちそうになっていた。
ご飯、みそ汁、佃煮、ほうれん草のおひたし、と。
響太は初めて精進料理というものを食べた。
正直量が足りなかったが、腹六分目ぐらいで夕ご飯を食べるのも、新鮮でいいなとも感じていた。
………ただ。
「……ここって結さんの他には人がいないんですか?」
響太が周囲を見渡す。
俺たち以外、本当に人の気配がなかった。
「ええ。みなさん本殿に行ってますから」
「本殿?」
「京都市街にある、ここの何倍も大きな神社ですよ。各地にある結神社の大元と言われています」
「はー………」
感心しながら、響太はよそってもらったみそ汁を飲んだ。
「……寂しくないですか?」
「寂しいですけど、そうも言ってられませんから」
結はそう言うと、頑張ります、という風にガッツポーズをした。
「それに………今日は響太さんも居ますから。実はとっても嬉しいんですよ?」
「ははっ、少しでも役に立てたのなら嬉しいです」
「ええ、とっても」
そんな和やかな雰囲気で、食事も食べ終わった。
お風呂や寝間着など恐縮しながらも貸してもらい、そろそろ寝ようかなという午後10時。
同じ部屋でのこと。
(これはない! いくらなんでもありえない!)
いきなりで何だか、響太は激しく現実逃避していた。
「どうかしましたか?」
白くゆったりした着物を着た結が、なにやら唸っている響太を見て不思議そうに首をかしげた。
「………あのですね」
「……?」
「何で布団が2組あるんですか!?」
寄り添うようにしてしかれた2組の布団を指さし、響太は叫んだ。
(なんで新婚初夜の夫婦みたいになってんの!?)
「………? 何か問題ありますか? まさか1組にしろというのでは……」
「いや! そうでなくてですね!」
響太は真っ赤になりながらも、身振り手振りも交えて懸命に話した。
「男と女が1つ屋根の下で夜を過ごすんですよ! 間違いが起きないように、普通部屋ごと離すでしょ!?」
それに結のしっとり濡れた長い黒髪、ちらりと見える胸元、甘く香るシャンプーの匂いなどなど、響太を混乱させるには十二分な条件が揃っていた。
「………と言いましても」
火鉢に火を入れながら、結びは言った。
「ここら辺りは夜になると危険ですから。私が一緒にいた方がよろしいかと………」
「危険?」
響太が首をかしげると、結は外を見ながら何気なく言った。
「熊とか出ますし」
「ぶっ!」
吹いた。
盛大に吹いた。
「熊ですか!?」
「ついでに猪も出ますね」
「………猪」
猛獣オンパレード……………ってかよく無事に山登れたな、と正直に思う響太だった。
「あとは野良幽霊とか」
「それが一番怖い!」
響太のつっこみに結は落ち着いた様子で返した。
「というわけでして、1人だと心細いかと思ったのですが………大丈夫ですか?」
「いいえ………ご一緒にお願いします」
響太はそう言うしかなかった。
「ちなみに………」
結はにっこり笑いながら言った。
「私、空手の有段者ですから」
暗に、襲ってきたら返り討ちにしますよ、と言っていた。
「………わかりました」
これで響太に、結を襲うという選択肢が完全に消えた。
「初代様に会ったんですか!?」
「え……ええ」
ろうそくの明かりだけが頼りの小部屋で。
響太と結は布団に入ったままで話し合っていた。
「それで! どんな方だったんですか!?」
「えっと、白い髪のちっさな女の子で、結さんと同じ服を着てて、京都弁話してて………」
特に響太が『初代結びの巫女』と名乗る少女に会ったと言ったら、興味津々に聞いてきた。
「くっ! なぜ私のところに現れずに響太さんのところに!」
「ああ、何でも結さんには霊の世界を関知する才能がないとか………あ」
響太は言ってから、しまったと思った。
巫女としての才能がないと言っているのと同じことなのだから。
「………お気遣い結構ですよ」
結は響太の顔をみながら、優しく微笑んだ。
「よくわかってることですから」
「…………すみませんが」
響太は、失礼を承知で尋ねた。
「……どうして、巫女になろうと思ったんですか?」
「………」
結は響太の問いに少し黙った後、ぽつりと言った。
「昔、救われたことがあるんです」
「え……」
響太にとって、それは意外な答えだった。
「私、精神的に参っていた時期がありまして」
結は恥ずかしそうに話し始めた。
「自殺も考えた時がありました、実際未遂ですがやりかけたこともあります。そんなときにたまたま、こことは違いますが、分家の結神社に来たんです。
その時は丁度お正月の時期でして。適当に初詣をして帰るだけのつもりでした」
結は懐かしそうに言った。
「10円玉を賽銭箱に投げて、お願いごとなんてせずにすぐ踵を返したときでした。
………声がしたんです」
「声?」
結はこくりと頷いた。
「『あなたのお願い、叶えやす』って」
「……え?」
「……おかしいですよね。私はお願いなんて何もしてないですし、そもそもそんな声聞こえるはずもないのに」
……ですが、と言葉を続けた。
「その瞬間、心がスッとしていくのがわかりました。憑きものが落ちたような、そんな気持ちを味わったんです」
だが驚いて振り返っても、人混みだけで誰もいない。
ただ心地よさが残るだけだった、という。
「………それから私は、自分でも驚くほど積極的に物事に当たれました。それにその日から、何ていうんでしょうか。運が良くなったというか………………月並みですが、周囲や神様といったいろんなものから好かれるようになった気がするんです」
「へー………」
にわかには信じがたいことだった。
……だが、結の言葉に嘘はないように見えた。
「私はあの声のおかげで、苦しみから救われた気がするんです。
ですから私が巫女になるのは、私を助けてくれたあの声の主にお礼をしたいからです」
………まぁ才能はないですし、おかげでみんなに置いてかれてここの留守番する羽目になっちゃったんですけど、と髪をいじりながら笑った。
「………叶いますよ、きっと」
響太は気づいたらそう言っていた。
「え………」
「………そんなに一途に思い続けているんですから、きっと」
それは嘘偽らざる、響太の本心だった。
「……………」
結は少し顔を伏せると、やがてにっこりと響太に笑いかけた。
「ありがとうございます」
結も心からそう言った。
……最近時間が微妙にとれない。orz