第53話 寒い家
「響太さん! 響太さん!」
「う………」
(………頭がぐわんぐわんしてる)
響太は頭を抑えながら起き上がった。
「大丈夫ですか!?」
隣を見ると、結が慌てた様子でこちらに迫っていた。
「え………ええ」
響太は身体がだるく感じていたが、それでも何とかそう言った。
「ほー………そうですか」
よかった〜………と大きく息を吐きながら、結はその場にへなへなと崩れ落ちた。
「目を覚まさなかったら………どうしようかと」
「……ご心配おかけしてすみません」
心配してくれた結に響太は頭を下げた。
周囲を見渡す。
ここは最初に通された、神社の中の大広間だった。
「申し訳ありません。私の未熟ゆえに、響太さんを危険にさらしてしまい………」
と逆に土下座しそうな勢いで頭を下げられた。
「いやいや! 結さんのせいじゃなくでですね!」
響太はこれからのことを説明しようとして。
………ふと、外が真っ暗なことに気がついた。
「げっ!」
響太は飛び起きて、手元の腕時計を確認した。
7時過ぎ。
「はっ、早く帰らないと……!」
響太は急いで身支度をしようとしたが。
「………あのー、すみませんけど」
結はおずおずと言った。
「バスの最終便は、もう出てますよ?」
「うあー!」
響太は頭を抱えた。
(………最悪だ。家に帰れない)
「……家の方には私も口添えいたしますから」
「へ………?」
ぽかんと口を開ける響太を後目に、結は平然と言った。
「今日はここに泊まっていきませんか?」
「え………?」
響太はぽかんと口を開けていた。
神社には電話がなかったので、結に連れられて神社の外れにある家に電話を貸してもらった。
「京都って。すごい遠いところにいるのね」
響太が自宅に電話をかけたら、留守中の都の代わりに、深春が電話に出た。
「何でそんなとこまで行ったの?」
「……うん、ちょっと用事があってね」
深春の追求を、響太は曖昧に濁した。
(言ったところで信じるとも思えないしね)
「………つまり、今日は帰って来れないんだね」
響太を気遣ったのか、深春はそれ以上聞いてこなかった。
「大変ね」
「うん。明日の学校も遅刻しそうだから、先生にもそう伝えといてくれる?」
「わかったわ」
電話越しの深春は、普段通りに思えた。
……だが。
(……なんか変だな。落ち着きすぎているように感じる)
「………何かあった?」
響太は何か違和感を感じて、深春にそう聞いた。
「あ………」
深春は一瞬、何か言おうとして声を出すが、
「………………ううん」
しばらく黙った後、そう言って否定した。
「別になんにもないよ」
「………そう、ならいいんだけど」
気のせいかな? と思いながら、響太はそこで追求を止めた。
「じゃ、母さんにもよろしくね」
「うん。あの人のことだから『愛が〜!』とか言いながら泣き叫ぶでしょうけどね」
くすくすと深春が笑う声が聞こえた。
「くくっ、そうだね」
「ま、家のことは任せて。響太くんは道中事故しないように気をつけてね」
「ありがと。よろしくお願いするよ」
「うん。それじゃあね」
「じゃあ」
響太は、ぷっ、と電話を切った。
ぷーっ、ぷーっ、ぷーっ
山田家。
ゆったりとしたウールのセーターを着た深春がそこに1人でいた。
「………」
無機質な音を出す電話を、深春は無言で見つめている。
「帰ってこない………か」
寂しそうな顔で家の中を見渡した。
「………紀子とのこと。相談したかったんだけどな」
しょうがないか、と呟く。
ふーっとため息をついた。
「みゅ〜」
「ありゃ?」
足下を見ると、そこにはいつの間にか家の中に入っていた、猫吉がいた。
餌くれ〜、という風に深春の足にまとわりついてくる。
「ね〜、猫吉クン」
「みゅ?」
深春は猫吉を抱き上げると、その白い毛の中に顔を埋めた。
「この家は広いね」
「みゅ〜!」
猫吉は、離せ〜! という風に身体をじたばたさせた。
それでも深春は猫吉を離さなかった。
「………寒くなるぐらいだよ」
ぎゅっと、猫吉を抱く手を強めた。