第52話 幽霊の世界
「………ん」
まるで極上のソファーの上に寝ているような、そんな感触がした。
(気持ちいーな………)
このまま寝てしまおうとして。
「………!」
自分のさっきまでの状況を思い出して、飛び起きた。
「え……? え……?」
響太は慌てて周囲を見渡す。
自分は真っ白な綿のようなものの上に寝ていた。
見渡す限りその綿のようなものが続き、地平線を成している。
空は青く、雲1つない。
………というか。
(………ここ、もしかして雲の上か?)
大陽が無いのを除けば、飛行機で見た雲の上の情景にそっくりだった。
目を覚ましたらいきなり知らない場所にいたので、大いに戸惑っていると………
「……こんにちは」
「……!」
いきなり後ろから話しかけられた。
響太は慌てて後ろを向く。
そこには、白く長い髪の幼い少女がいた。
目は細く、肌はきめ細かい。将来美人になりそうな子だった。
「初めまして。初代、結びの巫女と申す者どす」
(………どす?)
響太は聞き慣れない言葉に一瞬首をかしげたが、少ししてそれが京都弁であることを何となく理解した。
「えと………ここ、どこ?」
とりあえず一番聞きたかったことを聞いた。
「うーん。幽霊世界? ってとこやろうか」
「………何それ?」
「ここはウチ以外に誰もおらんよって。ここがどこか、名付ける人もおらんどす」
少女は少し寂しそうな顔をした。
「いきなりこないなところにお呼びしてもうて、かんにんしとくれやす」
どこか大人びた感じを受ける少女は、申し訳なさそうな表情をした。
「はぁ………」
響太は状況がよく飲み込めず、生返事をした。
(この子が俺を呼んだ………ってえ!?)
ようやくその子が言っていることの重要性に気づいた響太。
「呼んだって、君が!?」
「そうどす。少し事情がおまして……」
「事情?」
響太が聞き返すと、少女は真剣な顔でこくりとうなずいた。
「響太はん、聞いてもらわしまへんやろか」
ずいっと、少女が響太をのぞき込む。
端正な顔立ちの少女に近寄られ、響太は思わずのけぞった。
「えと………どうして俺の名前を」
「ここから、ずっと見とったんどす」
響太から離れると、何かをすくい取るように手を前に出した。
ひゅっ
「え………!」
少女の手にいきなり紫色の水晶玉が現れた。
(……ナニコレ?)
「これは外界の様子を映す水晶どす」
その水晶には「響太さん! しっかりしてください!」と気を失っている響太を揺さぶる結が映っていた。
「結さん……」
響太は呆然と呟いた。
「響太はんも見なはったやろ」
水晶の視点が変わる。
黒い霧を出している僧の像が見えた。
結に、傍の黒い霧に気づいた様子はない。
(……見えてないのか?)
少女は足下に水晶を置く。
「あれは負の思念の固まりどすえ」
「負の思念……」
(………あれが?)
響太はまじまじと水晶に映るその霧を見た。
(………うあー)
正直理解が追いつかなくて、
「……なんでここに」
とりあえず響太はそれだけ聞いた。
「最近、ウチの力が弱っとってぇな」
少女は懐から数珠を取り出した。
そしてキッと水晶を見つめると。
「はっ!」
気合いと共に、黒い霧に向かって数珠を突き出した。
………が。
霧は一瞬小さくなったが、すぐにもとに戻った。
「追い払いたいんやけど、ウチの力もこんなに小そうなってしもうて。よう祓えんのや」
数珠をしまうと、少女は力なく笑った。
「えと……それで俺にどうしろと?」
(……まさか、あれを祓えとか言わないよな?)
「心配なさらんでも、あれを祓えとか言いまへん」
少女は自分の白髪の1本を手に取ると、ぷちっとそれをちぎった。
細く長いその髪の毛を手に持つと、響太の右手を手に取った。
「橋渡しをして欲しいんどす」
そう言いながら、左手の小指にその髪の毛を結わえ付ける。
「橋渡し?」
(誰の?)
少女は自分の左手の小指にも髪の毛を結わえ付けると、響太を見据えた。
「ウチの力がのうなったんは、ウチを信じる人たちが少のうなったからなんどすえ。
ウチの力は、人の信じる力。
せやから、この時代で一番力を持っとう人に代わりにお祓いして欲しいんどす」
(えーと、つまりその信じる力とやらを持ってる人………………)
「………………え?」
響太はぐるぐる考えて、ようやくある考えにたどり着いた。
「この時代で最も力を持っとる巫女はんに」
(………まさか)
響太の想像は当たっていた。
「あいどる………ゆうんやろうか。その人に、頼みたいんどす」
長引く! ラストが見えているはずなのになぜか距離がどんどん遠くなっていく気がします!