第50話 2つの修羅場
ぴんぽーん。
昼下がりの山田家に、チャイムが鳴り響いた。
「すみませーん!」
家の前にいたのは紀子だった。
バッグを持って、少しだけそわそわした様子である。
「どなたですか? ………って紀子?」
そう言いながら慌ててドアを開けたのは、響太ではなかった。
「え………深春?」
家でぼーっとしていた、深春だった。
同時刻、京都の結神社。
立派で、どこか押しつぶしてきそうな雰囲気を持つ神社の中で、響太は出された座布団の上で所在なさげに座っていた。
「……粗茶ですが」
巫女さんが微笑みながら湯飲みに入った、ほかほかのお茶を出した。
「あ……どうも」
響太は恐縮しながら受け取ると、とりあえずずずず………とお茶に口をつけた。
「して、相談とはなんでしょうか?」
巫女さんも響太の傍に正座した。
「その………ですね」
心霊体験をしたなんて大まじめに言うのは抵抗があるらしく、響太はあー、うーと言い出しにくそうに唸りながら頬をかいた。
「………ひょっとして、また幽霊を見ましたか?」
「え……」
(なんで知って………)
響太が驚いた顔をすると、巫女さんは笑みを深めた。
「私は1週間ほど前に公園で倒れていたあなたとお会いした者ですよ」
「あ、あの!」
響太は瞬時に、夕暮れの公園で初めて幽霊を見たこと、そしてその時親切なお姉さんに会ったことを思い出した。
「名乗っていませんでしたね。私は叶結と申します」
巫女さん、改め結はそう言うと深々と頭を下げた。
「結………さん?」
神社と同じその名前に響太は違和感を覚える。
「私の家系では、代々巫女となる者がこの神社と同じ名前を授かるんです」
「へー………」
「名前には力があります」
結は響太を見、そして響太の奥まで見据えそうな目をしていた。
「文字自体に力があるように、名前にも当然、人を拘束する力があります。例えば名前に『和』という文字をつけられた人は穏和な性格になりやすいですし、逆に名前に『猛』という文字を入れられた人は猛々しい性格になりやすいのです。
この結という名は、特にそうした力を持ちます。この名前は人と人の縁を結ぶという意味です。この名を授かった私には、この神社に参拝した方々ので縁結びなど、人々の縁を結ぶ力を得るんです………と話がそれましたね」
すみません、と少しバツが悪そうに笑った。
「1週間ほど前に公園で倒れていたあなたと会った時、あなたはとても感応しやすい方とお見受けしました」
再び真面目な顔をして結は話し始める。
「………感応?」
(何と?)
抽象的なその言い方に、響太は首をかしげた。
「霊とあなたの心とが、です」
「げ………」
嫌そうに言葉をつまらせる響太だが、結は気にせず続ける。
「前にも言ったかもしれませんが、私たちの間で霊とは強力な残留思念を指します。そしてその思念に呑まれれば、人は発狂してしまう危険があります」
「発狂………」
以前なら笑い飛ばしただろうが、今はそれが実感できて笑い飛ばせなかった。
「感応しやすいということは、そうした残留思念に影響されやすいということです。
もし………えっと」
「………山田響太です」
そういや自己紹介してなかったな、と思って響太は慌てて名乗った。
「失礼。もし、山田さんが心霊体験をしてらっしゃるというなら………」
そう言いながら、結は腰をあげた。
「あなたの周囲に残っているその思念を、払わなければなりません」
再び山田家。
「………………」
「………………」
そこには気まずそうに黙っている深春と、微妙に不機嫌な様子で黙っている紀子がいた。
「……どうして深春が響太の家にいるの?」
「えーと、ね?」
深春は珍しく不機嫌な紀子に、できるだけ機嫌を直してもらおうとぎこちなく笑いかけた。
「都さん。響太くんのお母さんが私のマネージャーだから、その関係で」
一緒に暮らしている、とはさすがに言えなかったので、そう言って中身をぼかした。
「………響太と、会ってたんだ」
………なんだろう。
心でダメだダメだと思いながらも、紀子は言葉が止まらなかった。
「………私に内緒で」
「……紀子」
「………もういいよ」
紀子は強がりながら、わき出てくる衝動のまま乱暴に立ち上がった。
「私には関係のないことだから」
震える声でそう言った。
ついに50話達成!
記念に何か書きたかったのですが………時間がなくて書けませんでした。orz
時間ができたら、遅れながらも、書こうと思います。