第48話 恐怖を和らげるもの
真夜中。
響太はベッドを深くかぶって、震えていた。
(落ち着けー! 幽霊が俺のもとに来る可能性なんて交通事故にあう確率より低いはず!)
目を瞑って眠ろうと努めるが、胸の奥からわき出る恐怖心がどうしてもそれを邪魔する。
1時。2時と時間が過ぎる。
それでも響太は眠れなかった。
(………こうなりゃ)
かなり恥ずかしいが、あれをやるしかない。
いや待て。子供じゃないんだし今更そんなことするなよ、と心が壮絶な葛藤をくりひろげる。
………が。結局恐怖心が勝った。
響太はおそるおそる布団から出ると、部屋から出た。
暗い廊下をそーっと歩き、ある部屋の前で立ち止まった。
(………拒否されるかなー。いや、それはないか)
部屋の主を想像して苦笑しながら、響太は部屋をノックした。
「………母さん、入るよ」
「響太? いいわよ」
まだ寝てないらしい都の返事で、響太は部屋の中に入った。
都は薄桃色のチェックのパジャマを着ていた。
部屋の電気スタンドの明かりだけを頼りに、机に座って何か書いている。
「ごめん。仕事の邪魔した?」
「ううん。そろそろ寝ようと思ってたから」
そう笑いながら、都はペンを置いた。
「それで、どうしたの?」
「あー、あのさ……」
いざとなってみるとやっぱり言いにくい。
思い返してみてもこれは子供の頃、数えるほどしかやらなかった。
マザコンの烙印を押されてもしょうがないこの行為。それを高校生になった今、都に頼むのだ。
「………なんでも言ってみなさい」
響太が若干驚いて都を見ると、彼女は微笑んでいた。
「響太の願いだもの。何だって聞いてあげるわ」
都は柔らかな笑みをしていた。
それは、響太に最後の一押しをした。
「………………一緒に寝てくれない?」
1人で寝るのが怖いから。響太が出した解決策がそれだった。
「もちろん」
都は優しく微笑んだ。
響太の鼻腔を甘い香りがくすぐる。
都の柔らかい手に包まれながら、響太はすーっと恐怖心が和らいでいるのが感じられた。
「………ごめんね、響太」
唐突に都がそう言った。
「………何が?」
「今まで甘えさせてあげられなくて」
ぎゅっと、大切に都は響太を抱きしめた。
「しょうがないよ。仕事が忙しかったんだから」
響太は小さかった頃を思い出した。
確かに1人の夜は寂しかったけど。
仕事なのだから、と子供なりにわかっていたつもりだ。
「それでも………ごめんね」
「………………」
響太はそっと都を抱きしめ返した。
「ありがと………………母さん」
それが、響太の答えだった。
もしも私たちが逢えたことが運命なら
天使はきっと悪魔のように残酷
「………」
朝一で列車に乗り込んだ響太は、深春の曲である『Lovers Angel』を聞いていた。
これは深春の曲でも、若者向けに特にヒットしたもので、響太の1番好きな曲だった。
深春の甘い歌声を聞きながら、ぼーっと列車から外の景色を眺めていた。
がたん……ごとん……
京都に向かって列車が走る。
一晩が経ったことで、響太の心はだいぶ落ち着いていた。
(………もしも、俺が深春と会えたこと、そして今までの不思議な現象に意味があるのなら)
歌を聴きながら少し感傷的になった響太が、ぽつりと考えた。
(俺はその意味を知りたい)
京都に行くことで、わずかでも手がかりが得られれば。
響太はそう思いながら流れゆく景色を眺めた。
同時刻。7時30分。
山田家。
「遅刻遅効―――!!」
日曜とか関係なしに、いつも通りどだだだだ! と階段を大急ぎで下りながら都が悲鳴をあげていた。
「………いつも懲りないね、都さん」
深春が頬杖をつきながら、そんな都を呆れ眼で見ていた。
「………深春? あれ、響太は?」
「………」
きょろきょろ周囲を見渡す都に、深春は無言でテーブルのメモ用紙を指さした。
『今日はちょっと用事で朝から出かけます。夕方には帰ってきます。弁当と朝ご飯はテーブルの上に置いといたから、それを食べてください』
「………」
都はそれを凝視した後、ぷるぷると震えだした。
「……………いいいやああああああ!!! 朝の響太愛が――――!! 元気の源が―――!! 愛が足りない――――!!!」
「いや、響太愛って………」
都の絶叫と深春の呆れたため息が響き渡った。
「………けど、どうしたんだろうね、響太くん」
「にゃ〜」
深春が足下を見ると、そこにはミルクを飲んでご満悦の猫吉がいた。
都の叫び声や、ごろごろと鳴る猫吉の喉音と、平穏な空気の流れる山田家であったが。
「………」
深春はどこか不安であった。
そろそろ霊の心50話達成!