第46話 公園
今日は休日だ。
都はいろいろ仕事があるらしく、「うぁ〜! 遅刻する〜!」と言いながらいつも通り元気良く出ていった。
深春も何か用事があるらしく、朝ご飯を食べると「夕方には帰るから」と言って出かけて行った。
(………何も言えなかったなぁ)
響太は1人で散歩していた。
1人でいろいろ考えたかったからだ。
(うぁ〜………俺の馬鹿)
響太は寒空を見上げながらため息をついた。
(あの場は普通なんか言うだろ。なんで深春を慰められないんだ俺は)
学園に続く山道に通りかかる。
そしてそのそばにある公園の前で立ち止まった。
(………けど、何を?)
あの時、何を言えばよかったのか。
そんなことを考えながら、響太は公園の中に入る。
そこは休日であるにもかかわらず、誰もいなかった。
「千秋はきっと目を覚ますよ」と気休めを言うか。それとも「いつまでもくよくよしてたらダメだ」と見春を叱るか。
自分は深春と会ってからまだ日が浅い。
彼女の苦しみ、悲しみ。何を思っているのか、何を感じているのか。
それがわからないから、慰めようがない。
それに深春もあの後、特に何かを気にしている風ではなかった。
それは特に慰めを期待してなかったからではないか。
(………でもなぁ)
さぁっと吹いた冷たい風が、桜の花びらを舞い上がらせる。
(……力になってあげたいよなぁ)
その気持ちは、響太にずっと根付いていた気持ちだった。
なぜかはわからないけど。
あの女の子の力になってあげたかった。
「……あれ? 響太?」
「え?」
公園の入り口から声が聞こえたので、振りかえる。
そこには犬の散歩中らしい、クリーム色のカーディガンを着た紀子がいた。
「……どうしてこんなところに?」
「見ればわかるでしょ? 犬の散歩中」
紀子はありふれたきつね色の雑種っぽい犬を柵につないだ。
「じゃあ次はこっちの質問ね」
きゅう〜ん、と寂しそうに鳴く犬の声を背後に、紀子は響太のそばに行った。
「どうしてこんなところにいるの?」
「………別に。ちょっとな」
響太はそっぽを向きながらぽつりと呟いた。
紀子はそんな響太を見てにやりと笑うと、得意そうに言った。
「昔々、とても寂しがりな男の子がいました」
「は?」
紀子のいきなりの昔語りに、何を言うのかと戸惑う響太。
「ある日の夕方、その子は家を出歩いていました。あたしが何事かと思って話しかけると、『ちょっとな。買い物だよ』と言い、あたしもそれを信じてすぐに別れました。
その日の夜。夜中になっても男の子は帰ってきません。
帰ってきても家にいなかったその子を心配した母親が警察に連絡を入れると、なんと警察から迷い子になったその子を保護している、というではありませんか。
話しを聞いてみると、なんとその男の子は小さいのに1人で電車に乗って東京まで行っていたというのです」
「…げ」
響太は嫌な予感がしてうめき声をもらした。
「当然、その子はお母さんに保護され、どうしてそんな危ないことをしたのかとこっぴどく叱られました。男の子は目に涙をいっぱい溜めて、お母さんに抱きつきながらいいました。
『………お母さんに会いたかったんだもん』」
「うぐ………」
響太は幼い頃の自分の黒歴史を思い出させられ、いやーな顔をした。
しかし紀子のにやにや顔は変わらなかった。
「今回も『ちょっと』?」
「うあー……」
げに恐ろしきは幼馴染、である。
「………参りました」
「はっはっは! この前の仕返しだよ!」
以前体育館裏で紀子にしたことを、そのまま返された響太だった。
(………けど、これはなんか話しにくいんだよなぁ)
「無理に話さなくていいよ?」
紀子が見透かしたようにそう言った。
「だけど、その気になったら言ってね。いつでも相談にのるよ」
ステップを踏みながら、紀子はつないでいた犬のところに行き、リードを取った。
「その時は真剣に話しを聞くからね」
それだけ言うと、それじゃ、と手を振って紀子は公園から出て行った。
(………かなわないよなぁ)
響太はその後姿を見ながら、苦笑した。
しばらく、響太は公園でぼーっとしていた。
(……そういえば、ここで女の子の幻影に会ったっけ)
公園の散りかけた桜を見ながら、そんなことを思った。
(……なんだったんだろうなぁ)
ぼけーっとしながら、公園の池のそばに腰を下ろす。
ゆらり
「………!」
(………な!)
水面がわずかに揺れる。
ただそれだけのことに、響太は心臓が飛び出るほど驚いた。
池に映った自分の顔が、一瞬別の顔になったのだ。
それはいつもの地味な響太の顔ではなく、幼い割に目鼻立ちのしっかりした少女の顔だった。
きめ細かな黒髪を肩辺りでまとめ、夏らしく半そでのTシャツを着ていた。
(何だ………?)
顔はすぐに自分の顔に戻った。
響太は見間違いかと思ったが、先ほどの顔を思い出して血の気がひいた。
(……千秋)
それは、いつぞや夢で見た、そして病室で見た少女そっくりだったのだ。