第45話 純白の夢
夢を見た。
それは真っ白な夢だった。
世界は光で満ちていて。
自分は何をしているかわからない。
そもそも何か考えることすらほとんどできない。
そんな純白の世界で。
ただ自分がそこにいるということだけを感じる。
それだけの世界にいるのだ。
………どこかもの悲しい夢だった。
「………朝か」
どこかほっとした気分を味わいながら、響太は目を覚ました。
そこは自分の部屋のベッドの上だった。
(なんかあまり寝た気がしないな)
時計を見ると6時20分。いつもより少し早めの時間だった。
だからといって寝なおす気は、響太になかった。
(とりあえず顔でも洗おうか)
そう考えあくびをしながら、1階に下りる。
そして響太は洗面所に行こうとして………
「あ、待って!」
「え?」
扉を開ける寸前で手を止めた。
(……深春?)
洗面所から深春の声が聞こえてきたからだ。
「そこにいるのは響太くん? ちょっと待ってね。今着替えてる途中だから」
「え?」
(着替え中?)
響太は絶句してその場に固まった。
しばらくして、キィ……と洗面所の扉が開いた。
そこにはシャワーを浴びたのか、少し髪をぬらし、灰色のセーターを着た深春がいた。
「ふふ、ここの洗面所、カギがついてないからね。外で物音がしたような気がしたから、とっさに声をかけたんだけど………いやー危なく裸見られるとこだったよ。よかったよかった」
「………そ、そう」
(あ、危ねー!)
響太は目を見開き、心臓をばくばくさせた。
もう少しで覗きをするところだった。
(………………)
そう思いながらも、響太はどこか残念な気持ちがしていた。
今日は寒い朝だった。
身を震わせながらも響太は小型ストーブのスイッチをつける。
そして鍋を火にかけて冷蔵庫の中身をチェックして……と朝の準備をしつつ、テレビをつけた。
お天気お姉さんが「今日1日曇り空が続くでしょう」と言っていた。
が、深春はそれをじとーっと見ていた。
「ほんとかしら………高橋め」
(………高橋?)
それは今テレビに映っている、大人っぽいお姉さんの苗字だった。
「えと……もしかして知り合いなの?」
「まぁよく話しはするわね」
その程度よ、と言いながら深春は洗面所に行った。
響太もタオルを補給したかったので、深春に続いた。
深春が洗濯物を洗濯機に入れ始め、響太はタオルを手に取る。
「はぁ………すごいね」
「そんなことないわよ。偶然仕事場が同じだからってだけだし。学校でいう、仲が良い友達って程度」
「はー………」
2人はキッチンに戻った。
「口は悪いし性格は悪いしうそつきだし。なんであんなのがキャスターしてんのかしら?」
深春はぷんぷん怒っていた。
テレビでにっこり笑っている高橋さんを見ながら、響太は信じられないという思いだった。
しばらく呆然としていると、テレビの内容が天気から普通のニュースに変わった。
『震災から5年が経ちました』
男性キャスターが沈痛な面持ちでそう言った。
「あ、これ……」
昨日ちょうど響太が見た白昼夢と、同じ時。
5年前にこの街で起きた地震のニュースだった。
5年前。この街で震度6の地震が起こった。
震源地となった地は震度7の大地震で、建物の倒壊など相当の被害がでたらしいが、そこから少し外れたこの街でも、建物の半壊や事故などの被害があった。
テレビでは被害の特に大きかった町の、慰霊祭が取り上げられていた。
ちなみに響太はそのとき、食器が割れたとか比較的軽微な被害ですんでいた。
……が。
「……ねぇ」
この前の白昼夢や、深春が物憂げにそのニュースを見ていたことから、もしかしてと思って響太は尋ねた。
「もしかして妹さんって、この地震に……」
「うん。巻きこまれたの」
深春は悲しげだった。
「……デパートにいたんだけど。商品棚が落ちてきてね。助け出した時には、もう………」
「……そう」
目が少しだけ潤んでいた。
「……私、動けなくてね。千秋を助けられなかった」
「………」
「………だから千秋が起きたら、謝りたいの。あの時助けられなかったこと」
深春はぴっとテレビを消した。