第44話 高速道路爆走中
「ちょっと………」
微かに女性のの声が聞こえてくる。
「響太くん?」
(……深春?)
「あ……」
雲の中のような世界から、急速に現実へと引き戻されて行く。
気がつくと、そこは先ほどまでいた病室だった。
「どうしたの? ぼんやりして」
深春が不思議そうにこちらを見ている。
「えと……」
響太は自分は何をしていたのかわからなくて、戸惑った。
時計を見ると、5:00過ぎだった。
それは部屋に入ってきた時とほとんど変わらない時刻だった。
(……時間がたってない?)
わからない。自分は夢でも見ていたのだろうか。
響太があうあう唸っていると、洗面所から花瓶の水の入れ替えなど一通り作業していた都が顔を出した。
「そろそろ帰ろうか」
もう手持ち無沙汰になってしまった都が提案した。
「そうだね。とりあえず目的は無事終わったわけだし、また来ればいいんだしね」
深春が簡素な病院の椅子から立ちあがった。
「………ああ」
響太はまだぼんやりしていたため、うめくような返事しか出せなかった。
「……どうしたの響太?」
都が心配そうに響太の顔を覗きこんだ。
「大丈夫。ちょっと眠くて、頭がぼんやりしてるだけだから」
「そう……」
帰りの車中。
響太はさきほどの現象について、黙って考えていた。
(なんだったんだろうな、アレ。夢にしてはいつもよりなんかはっきりしてたし、それに………)
響太はあの夢の嫌な感じを思い出していると。
「ねぇ都さん!」
だんまりの響太に気をつかったのか、深春が後部座席からぴょこんと顔をだした。
「このまま遠出しない?」
「お、いいわね」
ちょうど高速の近くだし、と都は付け加えた。
思い立ったが吉日、で都の車はぴゅっと高速道路に入ってしまった。
「どこいこっか」
深春が若干わくわくしながら聞いた。
(なんか変なことになってるなー……)
響太は助手席で他人事みたいにそう考えた。
「せっかくだからおいしいものでも食べにいこうよ!」
「おいしいものねー。ラーメンとかカレーとか?」
都の考えは庶民的だった。
「だったら前に行った千葉のカレー専門店がいいんじゃない? あそこのインドカレーおいしかったよー!」
「じゃ、決定ね」
「いや待った!」
思考状態だった響太も思わずつっこんだ。
「千葉て! こっからどれだけ距離があると思ってるんだ!」
「1時間ぐらいでつけるかしら」
響太の焦りにも、都はそ知らぬ顔だった。
「無理だって!」
「いくよー!」
「人の話はのわぁ!」
ビュオ!
都は法定速度に喧嘩を売っているような速度で高速道路を突っ走った。
ズポーツカーに乗っているみたいで、響太にかかってくる重力は半端じゃなかった。
「中央フリーウェーイー♪(松任谷由美)」
「きゃははは!」
にもかかわらず都と深春は楽しそうだった。
「ぎゃああああ!」
響太は今日、産まれて初めて本当の死ぬ思い、というものを経験した。
「………生きた心地がしなかった」
「あー、どんまい」
結局本当に1時間で千葉のカレー屋まで来てしまった。
「あー気持ちよかった!」
対照的に高速で飛ばしてすっきりしたのか、都は元気そうだった。
その後「ご注文はナンデスカー」と片言の日本語をしゃべる本物のインドの人(推定)から注文を受けて、どこかアットホームな感じの店内を見回していると。
「あ、そうだ。響太くん」
「なに?」
「番号とメアド交換しようよ」
深春が携帯を出しながらそう言った。
「え………」
響太はぽかんとしながら、いつぞや紀子が言っていたことを思い出した。
アイドルの個人情報の重要性をなめてはいけない、と。
「……俺に教えてもいいの?」
「別に大丈夫だよ。響太くんなら変なことに使いそうもないしねー。いいでしょ、都さん」
「そうね、いいわよ」
「だってさ」
「あ、ああ。ありがと」
響太はぽりぽり頬をかきながら鞄から自分の携帯を取り出した。
響太にとって、嬉しいこと、悲しいこと、不思議なこと。
いろんなことがごちゃまぜになった日だった。