第42話 妹
「付き合って欲しいところ?」
「うん………」
深春はどこか寂しげな表情をしていた。
「響太くんにはこれからもお世話になるんだしね。だから知っておいてもらった方がいいかなーって」
「え……」
「前に言ったじゃない?」
夕日で真っ赤に照らされた世界を歩きながら、深春は言った。
「私ね。妹がいるの」
「ああ……」
肝試しの時に言っていた、自分に似ているらしい人のことかと、思い至った。
「千秋っていうんだけど………いやーこれがほんとかわいい子でね!」
あはは、と陽気に笑いながら言葉を続けた。
「ちっさくて繊細で泣き虫で、思わず守ってあげたくなるぐらいかわいくてね。その上とっても心が温かい子なの」
いー子だよー、と笑う深春の声が、赤く染まった空に虚しく溶けていく。
「たまに髪切ってあげるんだけどさ。これがもうびっくりするぐらいきめ細かくて綺麗でね! 切っちゃうのがもったいないぐらい! あれはもうまさに人類の至宝だよー!」
「………………」
嬉しそうに語る深春だったが。
響太にはどう答えていいかわからなかった。
………笑っているのに、深春がとても悲しそうに見えたから。
「私が歌手になったのも、きっかけはあの子なの。千秋がピアノを弾いて、それを私が歌う。その瞬間が私にとって一番楽しい時間だったから………」
深春は笑っていた。
その笑顔はテレビ画面から見ていたのと同じ。綺麗な笑顔だった。
あー、そうか。と、響太は思い至った。
なぜかはわからないけど。
やっぱり深春は寂しいんだ。
寂しくて、泣きそうなほどつらくて………
だから何でもないように笑っているんだ。
他人に心配をかけさせないように。
そして、自分がこれ以上悲しくならないように。
「………………」
響太はこの瞬間。
深春が1人のアイドルであるという以前に。
1人のかよわい女の子であることを知った。
だから………
「………そっか」
響太は笑った。
「楽しかったんだね」
深春に比べたら全然不自然な笑い方だったけど、それでも笑った。
………これ以上。
深春に無理をさせたくなかったから。
「………うん」
深春は薄く微笑んだ。
「だからね……」
と深春が何か言いかけた時に。
突然、後ろからぐおおおおん、という車の排気音が邪魔をした。
ごとごとごっとん!
そして山頂にある雷鳴学園の下校路、ろくに舗装されていない山道から、都のスタイリッシュな赤い流線型の車が降りてきた。
「あ〜ん! あたしのカ●―ラに傷がつく〜!」
「母さん?」
そこには仕事モードを解除した、響太にとって見慣れた都が乗っていた。
「ありがとう、都さん」
深春が車の窓越しに、都に車を出してくれた礼を言った。
「まぁいつものことだし、別にいいけど………絶対社長に抗議してこの道路舗装してやる!」
都が窓際のボタンを押すと、後部座席と助手席がバタンと自動で開いた。
「無理じゃない? 社長この山好きだから。滅多なことじゃ舗装してくれないと思うよ」
深春が後部座席に乗った。
「ほら、送ってってあげるから。響太も乗って」
都が運転席から急かした。
響太は慌てて助手席に乗りながら、先ほどの会話でふと気になったことを聞いた。
「社長?」
(理事長に、じゃなくて?)
この山は雷鳴学園が所有していたはずだ。だからこの道を舗装したいなら理事長に言うのが筋のはずだが……
「あー、この学園ね」
都が。ガコッとシフトチェンジをしながら言った。
「ウチの芸能プロダクションの社長が、理事長を兼ねてるの」
「はいっ?」
響太の驚きの声と共に、車が発進した。
『無理をしなくていい。
もうこれ以上涙を流して欲しくない。
もういいから。十分だから。
だから、お願い。
私のことはもう忘れて。
お姉ちゃん』
さぁ、クライマックスが近づいてまいりました! ………たぶん。