第34話 説得
「………つまり、あなたはアイドル業を休業する間、ここに居候する、と」
「そうゆうことね」
「み〜」
リビングの空気はもはや取り戻せないほど重くなっていた。
「しくしく…………あああ………」
都は未だに号泣していた。
「…………なんで?」
さっきから呑気に鳴いている猫吉と、泣きやまない都は置いといて、とりあえず響太は一番落ち着いてそうな深春に話を聞いた。
「うわあ! この子かわいいねー!」
深春は響太の話を聞いてないように、無邪気に猫を抱えあげた。
「ふわふわ〜!」
「むきゅ〜〜〜〜!」
深春のハグによって、苦しむ猫吉。
「いや、だから……」
「この子オス? メス?」
「へ? さぁ? なんとなく男っぽい名前つけたけど」
「あ、メスだよこの子!」
「あ、そう……じゃなくて!」
響太はばんっ!と机を叩く。
同時に深春が猫吉を離した。
「一つ」
深春は響太にむかっていきなりぴっ、と指を立てる。
「三食付いて広くて落ちつけるところが欲しかったから」
「そんなの、ホテルでもどこでもいいんじゃ………」
「二つ。この近辺でしばらく活動したいから」
「活動?」
(何それ?)
「まあ、いろいろとやるのよ。その為に、ね」
深春は言葉を濁した。
「そして三つめ。都さんは私のマネージャーである。だから悪いけど協力してもらったの」
「しくしく………ううう、深春のオニ」
恨みがましそうにみ春を見上げる都。
「…………まあいいわ。とりあえず以上の理由から、私はこの家に居候したいと思います。何か反論は?」
「うっ!」
よくよく考えてみるとおいしい話だった。
だって深春と一緒に暮らすのだ。これで期待しなかったら男じゃない。
「やっやっぱり反対! 第一、アイドルが年頃の男と一緒に住むだなんて世間が許すはずないじゃない!」
都が最後の力を振り絞って反対した。
「もちろん、マスコミには秘密にするわ。それに…………」
にへへー………と何か裏がありそうに笑う深春。
「みーやーこーさん? これ、社長命令だってこと、忘れてませんか?」
「うぎゅっ!………ぐす」
「えええええええ! ちょい、まっ! なんで!?」
なぜそんなことに社長が動く!?
「うふふふ…………ひ・み・つ」
「うあああああ!」
まさに話が現実味を帯びてきたため、響太は頭を抱えた。
今、頭にあるのはアイドルと一緒に暮らせるという期待感ではなく。
(…………食費が、家事が…………)
そんな主夫的心配だったりする。
「なお、食費は全額支給、家事は私も手伝います」
「ようこそ我が家へ!」
あっさり歓迎する響太だった。
「あああああああ――――!! 響太が裏切った――!!」
(なんとでも言え、この家事オンチが)
「よろしくー!」
「さて、後はもう一つ………」
響太呑気にあくびをしている猫吉に目線を向ける。
「さあ、外に出ようね、猫吉」
「み!」
驚く猫吉。
「いいじゃない、ここに置いてあげれば。その子怪我してるんでしょ?」
「…………確かにそうだが」
響太はちらっと都を見た。
「………………ぐぅ〜」
(うあ、ダメだ。駄々ッ子モードになってる)
「………ま、まあ。どうにか歩けるようにはなってるみたいだし」
お腹がいっぱいになって落ち着いたのか、猫吉は先ほどまで歩けなかったのに、今は前足をひょこひょこさせながらも普通に歩けていた。
「あら。骨折をあなどっちゃダメよ。ちゃんと獣医さんに見せないと。自然治癒にまかせたせいで、骨が変なくっつき方したらどうするの?」
「自、業、自、得、よ!」
猫大嫌いの都が立ちあがり拳を握りながら力いっぱいそう言った。
「そぉんなこと言っていいのかな〜? 都さ〜ん?」
「う! な、なによ!」
気味悪く笑う深春に、思わず後すさる都。
深春はちらっと猫吉を見ると、都にそっと囁いた。
「この子がネコ娘になって仕返しにきちゃうわよ〜?」
「ひいいぅ!」
効果絶大だった。
腰が抜けたようにその場にぺしゃんと座り込む。
「ネコ娘?」
「ほら、ゲゲゲの●太郎の」
「ああ」
某人気アニメ。猫目の少女の顔を響太は思い出した。
「それが………なんで?」
「………」
深春は無言で都を指差す。
「うう………好きだったのよぅ………大好きだったのよぅ…………明るくて…………かわいいし………それが…………いきなり、目を黄土色にして…………口避け女みたいな口になって………」
「あー」
戦闘時のネコ娘に、軽くトラウマを覚えているらしい。
「んー、都さんには悪いけど………だからってこのまま怪我したまま路頭に迷わせるんじゃ猫吉もかわいそうでしょ?」
「「ぐっ………」」
2人そろって息を詰まらせる。
「ねっ、お願い」
「…………わかったよ。」
「…………うぐ」
「ありがとう! 2人とも!!」
深春はソファから立ち上がると、にこにこして手をさしのべてきた。
「これからよろしくね! みんな!!」
「…………うぃ」
「みゅ?」
「…………うぐっ、ひぐっ」
(いい加減泣き止もうよ、母さん)