第33話 突然の変化
(なんで今日に限って帰るの早いんだ母さん……………)
とにかく、都に猫を会わせるのはまずい、非常にまずい。
都と猫の関係はまさに光と闇、水と油。決して相容れない存在なのだ。
(とりあえず猫吉を外に………ってんなこと考えてる間に母さんリビングに来るって!)
「おい、猫吉。ちょっと奥の部屋に行っといてくれ」
「………きゅう?」
猫に何言ってんだと思われるかもしれないが、猫吉には『人語がわかってるかも』疑惑がかかっている。ゆえに無謀すぎる賭け、というわけでもなかった。
「あははは! 母さん壊滅的なぐらい珍しく早いな!」
響太は玄関に顔を出すと、白々しい笑いで都を迎えた。
「……………そうなのよ………」
……が、都は疲れ切ったというか、肩を落としてがっかりした表情をしていた。
そのためか、響太の怪しい様子に気づいていなかった。
「………とりあえず、響太に話があるの………………はぁ〜」
しぶしぶといった感じで都は言った。
そして響太もテンパっていたため、そんな都の様子にほとんど頓着しなかった。
「あー、だったら2階の部屋で話そうか。ほら、落ちつけそうだし!」
とにかく都をリビングに近づけまいとする。
「みゅ〜」
ついでに接近する白猫の気配にも気づかなかった。
「どわあ! なんだ! って猫吉! 奥の部屋に行けって言ったろ!」
「みゅ?」
猫吉は不思議そうに首をかしげた。
………言葉がわかってるのかいないのか。微妙な反応だった。
とにもかくにも、響太の作戦は失敗した。
「…………響太?」
都が信じられないといった表情で猫吉の方を見ている。
「か、かあさん?」
恐る恐る響太は都に話しかけるが………
「いやああああああ!! もういやああああああ!!」
「錯乱するな! 母さん!」
………ぐだぐだだった。
「………ぐすん………しくしく………」
「………………」
「にゅ?」
非常に空気の重苦しいリビング。
さっき食ったばかりなのにまだミルクが欲しそうな猫吉は無視して、響太はもくもくと夕飯を作っていた。
なにか都は錯乱して壊れてしまったらしく、さっきから泣いたまま、何もしようとしなかった。
「しくしく…………響太との蜜月の日々が………愛の生活が…………」
(………何を言ってるんだか)
響太はやはり無視した。
そして現実逃避ぎみにいつもの倍の量の夕食を作っていると、ぴんぽーんと玄関からベルが鳴った。
「……ひっ!」
その音になぜか都がびくぅっ! と身体をすくませる。
(…………幼児化しているのかこの人は。あんたは電話を怖がる幼稚園児か!)
「はいはーい」
響太はは急いで玄関に向かう。
ちなみに猫吉はねだってもミルクがもらえないことを悟ったらしく、今度はテレビの前で毛繕いを始めていた。
「大変悲しいニュースがあります………」
テレビではバラエティー番組なのに、司会者が災害報道時のニュースキャスターみたいな言い方をしていた。
多少気になったが、とにかくと響太はリビングを出て玄関のドアを開けた。
「こんばんは!」
ぴしぃっ!
(………はて?)
響太は目の前にいる人物を見て、石化した。
(………違うよな? いくらなんでもありえないよな?)
響太は必死に現実逃避をしようとしたが、目の前の現実と、リビングから流れてくるテレビの音がそうさせてくれなかった。
「人気絶頂のアイドル歌手である『神谷深春』さんが、休業宣言をされました。その理由は未だ分かっておらず………」
「これからお世話になります、響太くん!」
(……………もう、嫌だ)
さらにぐだぐだになった事体に、響太は心で泣いた。