第31話 悶々
いきなり保健室に入ってきたのは鳴美だった。
バババッ! と2人が高速で弁当を隠したおかげで、鳴美は2人の変な様子に気づかず「調子はどう? ってかなんであんたがいんのよ変態!」と響太に悪態をつくだけで終わった。
そして放課後。
「………はぁ」
夕刻の帰り道。
響太は立ち止まってため息をついていた。
「お、暗い顔してどうしたんだい、キョウちゃん!」
そこは商店街の八百屋の目の前だったため、おっちゃんに心配された。
「あ、いえ。なんでもないんです」
と、響太は首をふるが。
「元気だしねえ! ほれ! いつも買ってくれるからサービスだ!」
心配したおっちゃんから、ジャガイモ3つを投げ渡された。
「………ども」
今晩はシチューにするつもりだったので、愛想笑いをしながらありがたくもらう響太。
「おう! おいしく調理してくれよ!」
あとはタマネギとにんじんを買って、響太は八百屋のおっちゃんと別れた。
「………はぁ」
今度は肉屋に行く道すがら、響太はまたため息をついた。
「………あいつも、女だったんだよなぁ」
響太は紀子のことを思い出していた。
紀子は友だちだし、それ以上の感情を響太は彼女に対して持っていない。
だからこのままの関係でいいと、ずっと思っていたのだ………
が。
今日の紀子は、友人同士ですませられるような状態じゃなかった。
頬を染め恥ずかしそうにしている紀子を思い出す。
(………あいつ、俺のこと好きなんかなぁ………)
そう考え、いや待て、と思いなおす。
(それはいくらなんでも妄想だろ。けど、好きでもない相手に弁当なんて作るか? いやいや、相手は紀子だ。単なるノリだけで弁当を作ったという可能性も………)
うあ〜! と頭を押さえる響太。
周囲の不審気な目線にも気づかずに、
(もしあいつが俺のことを好きだったら、俺はあいつと付き合うのか! 想像つかねー! それに相手が好いてくれるから付き合うってのもなんか不誠実な気が………て待て待て。そもそも紀子が俺のことを好きかどうかもわからないんだからあああああ………)
ひたすらもだえていた。
「………はぁ」
夕暮れの街中。
紀子は珍しく1人で帰りながらため息をついていた。
信号待ちの交差点で立ち止まる。
(………やりすぎた)
紀子は頭を抱えた。
(いきなり手作りのお弁当って何よそれ! あれじゃまるで響太とあたしが付き合ってるみたいじゃない!)
あああああ! と思わずへんな声を出す紀子。
1人で歩いてる紀子を見てナンパしようかなー、なんて思ったとあるナンパガイAが、うっ、と気味悪そうにのけぞった。
(ミッキーのばかばかばかぁ!)
紀子は今回のことを起こすように自分に助言した、長谷美紀恵ことミッキーを恨みがましく思った。
ことの発端は、とても小さなことだった。
神谷深春。
かわいいアイドルで、紀子にとっても自慢の親友だった。
だが、学校での肝試しがあってから、響太が妙に深春を気にかけているように見えた。
もちろん、自分の勘違いである可能性は高い。
しかし深春の話題が出る度に、さりげなく聞き耳を立てて興味深そうにしてる響太を見てると、何か面白くなかった。
(嫉妬じゃない………と思う)
響太は友だちであり、彼に対して抱いている気持ちは親愛であり、恋愛感情を抱いているつもりはなかった。
だから、この面白くなさはとても子供っぽい気持ち。
(深春に響太を取られたような気がして、寂しかったんだ)
おもちゃを取られたときの子供のようなものだ。
深春と響太が恋仲になるなんてありえないのだし、こんな気持ちはもつだけ無駄というものだ。
………と、紀子は思っていたのだが。
中々この寂しい気持ちは消えてくれなかった。
そして紀子の元気のなさを見ぬいたミッキーにどうしたのかと心配され、ぽろっとこのことをもらしてしまった。
ミッキーは紀子の話を聞いていく内にだんだんとにやけだし、語り終わったときは気持ち悪いぐらいにやー、っとしながら、こう言った。
「だったら、その寂しさを発散しよう! ちょっと響太くんとスキンシップしてみない?」
そう言って出された案が、コレ。手作りのお弁当だった。
紀子も聞いたときはその案が名案に思えたのだが………
(ミッキーめ、何がちょっとしたスキンシップよ! 明らかにいきすぎてるじゃない!)
信号が、青に変わる。
流れ出した人の波に気づいて紀子もとぼとぼと歩き始めた。
「…………でもなぁ」
紀子は歩きながらぼそっと呟くと、小さくゆれている鞄をチラッと見た。
その中には、空の弁当箱が入っていた。
(………………かわいかったなぁ)
響太の顔を思い出しながら、紀子は思わずにへらーっと笑った。
困ったような顔でお弁当の包みを開く響太。
真っ赤になりながらもぐもぐとお弁当を食べる響太。
そっぽを向きながら、ぶきっちょに誉めてくれた響太。
………今まであんな顔は見たことなかったが。
(ああもうかわいいかわいいかわいいったらありゃしない! 何あれ!? 照れてていっぱいいっぱいな感じがもう反則的にかわいかったよー!)
知らず知らずの内に足取りが軽くなる。
今まで響太のあの顔を知らなかったのが、残念でならなかった。
胸がきゅうきゅうと叫び出す。
(明日も作ったら食べてくれるかなーけどさすがに毎日作っていったら奇妙に思われるかな私も恥ずかしいしでもあの顔を見るためならちょっとぐらいああああ落ち着いて私そんなことしたら響太と恋人同士みたいで響太とは友だちなんだから! けどやりたいやりたいまた見たいよぉ!)
周囲の奇怪なものを見るような視線など1つも気づかずに、紀子ももだえていたのだった。