第30話 保健室の紀子
そして再び、保健室。
響太と紀子は、お互い椅子に座って向き合ったまま、気まずそうに黙っていた。
「いや、あれよあれ」
制服姿の紀子が慌てた様子で言った。
「不幸な事故ってやつよね! あたしは今回のことは忘れるから、響太も忘れてくれると嬉しいなって………」
「………それより」
響太は照れで頬を赤くしながらも、じとーっとした視線を紀子に向けた。
「なんであんな格好してたんだよ」
「あー………」
紀子は言いにくそうにぽりぽりと頬をかいた。
「あ、あのさ。響太をからかってやろうと思って、最初はナース服着て待ってたのよ。けどよくよく考えたらあのカッコ、は、恥ずかしいかなって………」
たはは、と苦笑いしながら、語尾がしりすぼみになっていった。
(なるほど。んで、急いで着替えてたらばったり俺が入ってきた、と)
「………恥ずかしがるなら、あんな格好するなよ」
「うう………面目ない」
紀子は真っ赤になって顔を伏せた。
そしたらなんか響太まで恥ずかしくなって、紀子から視線をそらす。
「あ、そうだ!」
響太はこの雰囲気を振り払おうと、わざと大きな声を出した。
「お前俺の弁当どこにやったんだよ! 早く返せ!」
「あ、あああ。あれね!」
紀子は焦って声の調子が1つズレていた。
「食べちゃった」
「は?」
意外な言葉に、響太は驚いた顔のまま固まった。
「いやー。さすが響太。料理上手! あのキンピラとか、卵焼きとか、女のあたしが嫉妬するぐらいおいしかったわ!」
紀子は弁当の味を思い出しながら、思わずよだれを拭う。
「………おおおおい!」
ようやくことを理解した響太が、思わず椅子から立ちあがった。
「俺の弁当――――! どーしてくれんだよ!」
「あーうん。ごめん」
紀子は視線をそらしながら平謝りした。
「ごめんですんだら警察はいらね―――! 弁当も戻ってこね―――!」
「だ、だからさ………お詫びっていったらなんだけど」
紀子は机の上に置いてあった、かわいらしい包みの弁当箱を差し出した。
「あ、あたしのお弁当………食べない?」
紀子はまた真っ赤になって顔を伏せていた。
「え?」
響太がことを理解するのに、またしばらくかかったという。
「い、いやさー私も昼休みは忙しくってご飯食べてなくて本当は5限目さぼって食べようと思ってたんだけどそこに響太のお弁当が目についちゃってつい食べちゃったというかなんというか………」
アハハと笑いながら紀子は早口でまくし立てた。
「………なーんで焦ってんだ? お前」
「そっ! そんなことないわよ?!」
(嘘つけ! 声が裏返ってるぞ!)
明らかに挙動不審な紀子を前に、響太はどんどん疑り深くなっていった。
響太なりにその理由を考える。
ケース1 弁当に何か入れた。
ケース2 弁当箱自体に何か仕掛けた(びっくり箱とか)
ケース3 実はこの弁当箱は中身がカラ。
響太は個人的には3が怪しいなー、とか思った。
なぜなら、大食いの紀子がどんな理由があろうと昼休み過ぎてまで自分の弁当をカラにしていないわけがないからだ。
響太は花柄の弁当箱をじとーっと見つめた。
そして紀子の方を見ると……
「………………(じーっ)」
「うっ!」
(な、なんだ! この目は!)
紀子が響太を見つめる目は、今まで響太が知っている、ワクワク、とかシラーッ、とかそういう友人に向ける類の目とは少し違っていた。
(や、やばっ! なんか無意味にドキドキしてきた!?)
響太は紀子から即座に目をそらすと、気を紛らわせるように弁当の包みをといた。
用心しながら蓋を開ける。
「………………」
そして響太はそこで固まった。
(……………何、このカオス)
響太のその弁当に向けた第一印象が、これだった。
といっても、どこぞのコメディみたいに中身が真っ黒、とか見るも無残な、というものではなかった。
焦げて形が崩れているため、卵焼きなのかスクランブルエッグなのかわからない卵料理。
アスパラにちゃんとベーコンが巻けてないため、ただの炒めものと間違えそうなアスパラのベーコン巻き。
そしてズタズタに切り裂かれたようにしか見えないタコさん(?)ウインナー、いびつな上に崩れているため海苔ご飯なのかおにぎりなのかよくわからないご飯、などなど。
中々の珍弁当っぷりだった。
響太がちらりと紀子を見る。
「………………」
紀子は恥ずかしさここに極まれり! という風に目を閉じて下を向いて、拳をぎゅっと握っていた。
(………あー)
さすがの響太でもわかった。
この弁当は紀子が作ったのだと。
紀子のお母さんは料理上手な人で、間違ってもこんな弁当は作らない。
紀子にどんな心境の変化があったかは知らないが、とにかく頑張って、響太が知る限りでは恐らく初めて弁当を作った。
そしてなぜかは知らないが、その毒見役として自分を選んだのだ。
(………こいつ、女だったんだなー)
本人が聞いたら殴りかかってきそうなことを響太は考えた。
とにかく、響太は添えてあった割り箸を取って、卵焼き(もしくは炒り卵?)を口に入れる。
(………ふむ)
少し焦げっぽい感じはしたが、味付けはしっかりしていて、ちゃんとおいしいと言えるレベルではあった。
そしてサラダ、ウインナー、と口に入れる。
「あー…………」
響太が口を開くと、紀子はびくっと肩を震わせた。
「ま、あれだ。形はアレだし少し焦げっぽい感じはするけど………まー、食えなくはない」
紀子はバッと顔をあげた。
響太はそっぽを向いていた。
「初めてにしては頑張った方だろ」
そう言うと無言でご飯に手をだした。
見方によってはむしろけなしているように聞こえる誉め方だったが………
(これが手一杯だっつーの!)
実際、料理の初心者がいきなり弁当作りに挑戦するのは難しい。
なぜなら普通に料理をするのと違って、朝の限られた時間に、何種類も、しかも弁当箱の彩りまで考えて作らなければならないからだ。
そんな中で、紀子のこの弁当は初心者にしては会心の出来であると言える。
………のだが、紀子を誉めることはできなくはないが、やはりというか、背中がむずかゆい。ゆえにこれが響太のできる精一杯の誉め方だった。
「そ、そう………!」
だが、紀子は嬉しそうだった。
響太の心中を察してか、それとも真っ赤になった響太の顔を見てかは、わからないが。
「え、えへへへ………」
らしくない甘えるような笑みをした。
「………………」
「………………」
再び、保健室を沈黙が支配した。
(ま、まずい!)
響太はなぜかわからないが、焦りだした。
(なんだこの空気! 違う! なんかいつもと違う! かゆい! かゆすぎる! てかなんだ今日の紀子は! なんかかわい………ってうおい! 落ち着け俺! 相手は紀子! 男女! 恋愛対象外! だからドキドキするな! いいから落ち着け―――!)
「………あのさ、響太」
「ふぁい!」
思いきり頭を混乱させながら、響太は自分でもすごくまぬけのに思える返事をした。
(だだだだから落ち着けって!)
紀子に気づかれないようにゆっくり深呼吸しようとしていると、紀子が意を決したように口を開いた。
「もし………よかったらさ。これからも私…………」
「のーりちゃーん!」
ガラッと、いきなり保健室のドアが開いた。
……最近、時間はないのになぜかどんどん長くなる執筆時間と書く量。まあ、楽しいからいいんですけど。