第27話 猫吉との朝
少し予定外な事はあったが、牛乳とかいろいろ買って、とにかく六時半には家に帰ってきた。
「みゅ〜」
「わかったわかった。いいから待てって」
響太はさきほどコンビにでついでに買った「猫大好き!」が売りの猫缶を取り出した。
………が。
「み!」
贅沢なことに、猫吉は猫缶に興味を示さなかった。
「こんにゃろう」
仕方ないので響太は小皿に猫用ミルクを入れて与えた。
「みゃ〜!」
猫吉は嬉しそうに小皿のミルクを飲み出した。
「さて」
時刻は6時30分。猫が大人しくなったので、響太はいつも通りご飯の仕度をしだした。
しばらくすると、猫吉がごろごろいいながら足にすりよってきた。
(ちょうどいい)
「いいか、猫吉」
「みゅ?」
響太が猫吉を抱きかかえると、猫吉は不思議そうな声をだした。
「お前がここにいれるのは7時29分までだ」
「みゃっ!」
まるでこちらの言葉をわかっているみたいに驚いた声を出す猫吉。
「7時30分になるとな。この家の主である俺の母、山田都が降りてくるんだが」
「………」
なぜか真剣な顔の猫吉。
「奴は猫が嫌いなんだ」
「みゃうっ!」
「だからもし猫吉が奴の目に触れたらその時は………命の保証はできないと考えてくれ」
「みゅ!」
………まぁもとより響太は猫吉に言葉がわかるとは思っていないし、都が降りてくるときになったら無理やり外に放り出すつもりだったのだが。
「………お前、本当に俺の言葉がわかるんじゃないだろうな?」
「みゃ?」
あまりにも絶妙な相づちを入れられ、そう言わずにはいられなかった。
7時20分ぐらいに、猫吉は本当に自分で帰って行った。
(………不思議な猫だ)
「おひつじ座のあなた! 今日の運勢は昨日とは打ってかわってなんと大凶! 今日は新しいことはせず、おとなしくしているのが最良の選択だぞ!」
コーヒーを飲みながらもうおせー とか考えていると、どだだだだ! といつものように都が急いで降りてきた。
「遅刻! ダメッ、今日こそ遅刻しちゃうわ!」
(いままで遅刻しなかったことが逆に不思議だよ)
「だからいつも起こそうかって言ってるのに」
「だめ! 息子に起こされるなんて母親の威厳が損なわれるわ!」
「だったらもう少し早く起きればいいのに」
「それができれば苦労してないの! もお!」
どたばたと着替え始める。
「獅子座は金運が良いかわりに仕事運が悪いって。焦って大事な書類とか忘れちゃダメだよ」
「大丈夫よ! 母さんばっちり!」
(仕事運か。まさかとは思うけど)
「筆箱忘れたとか、初歩的なミス犯さないでね」
「ふでばこ!?えっと………。あああああ! ない!」
(………本当にやってた。小学生みたいだな)
「お弁当OK,服装OK! それじゃ行ってきまーす!」
「母さん! 朝飯!」
いつも通りラップで包んだおにぎりをパスする。
「サンキュー、響太。行ってくるね!」
「車にひかれないようにねー」
すでに母と子の立場が逆転している気がする。
「さて、僕も準備するか」
(今日も一日、平穏無事でありますように)
響太は準備を整え、玄関へ急ぐ。
「行ってきまーす!」
「あの司会の兄ちゃん、露骨に鼻の下伸ばしてたよな! 腹立つー! いい気になりやがって!」
「言うと思ったよ」
健と響太は昨日のバラエティ番組の話題で盛り上がっていた。
「だって、だって……。俺の深春ちゃんに………」
「いや、お前のじゃないだろ。それに自分だって、昨日は深春たちを覗こうとして鼻の下を伸ばしてたくせに」
「分かってないな。美女は何人愛でても良いものなのだ」
「お前のいい加減さの弁解になってないと思うが」
「美女を愛でること、これすなわち世界平和へとつながるのだ!」
「だったら昨日の司会者の鼻の下も許してやれよ」
「俺がすれば世界平和だが、他の男がすれば世界滅亡なのだ」
「なんなんだその理論は」
「ふっふっふ。詳しくは言わんが俺はデカルトが大好きなのだ! 世界は俺が考えるからこそある。つまり、世界は俺を中心に回っている!」
「どう考えてもデカルトの考えを利用したジャイアニズムにしか思えんが」
学校へと続く坂道へと続く。その途中の開けた場所で、海が見えた。
「どうした、ぼーっとして」
「いや、別に」
響太は一瞬今朝のことを話しても良いかと思ったが、
(形はどうあれ美女にあったと聞いたら逆恨みされかねんしな。今朝のことは忘れよう)
そう決めた。
「うぃーっす………のわっ!」
普通に教室につくと、いきなり紀子が響太たちに向かってニールソバットをしてきた。
響太はとっさに前にいた健の背中を押して身代わりにした。
「ぐほっ!」
(健……………身代わりごくろう)
「いきなり何するんだ紀子」
「昨日のバレスがめっちゃ渋かったの! だから試し蹴りしたくて!」
「バレス?」
「プロレスラーの名前だ」
結城が教室の隅で補足説明をした。
「行くわよ、てりゃー!」
(かわいい声して、ってドロップキック!)
パンツ丸見えなその攻撃を、響太は必死で避けた。
「ぐうう、逃げるなー!」
「無茶言うな!」
「教室でドロップキックやって無事に着地できる紀子がすごい」
結城たちは机を盾にして余裕がありそうだった。
「………逃げたな、裏切り者め」
「何とでも言え」
「行くぞー!食らえ延髄斬り!」
「何でさっきから足技ばっかなんだ! のわあああ!」
響太のこめかみを蹴り上げようとピンクパンツが追って……
(って今は違う!)
響太はしゃがんで回避すると今度はもう一度、蹴りが襲ってきた。
(うわっと!)
思わずバックステップでこれもよけた、そう思ったが立った瞬間、ついにもろに蹴りが当たった。
ぐぼお!
紀子はこいつ本当に女かってぐらい力が強く、響太は吹っ飛んだ。
(まずいこのままじゃ机に当たってめちゃ痛そう!)
思わず目をつぶる。
が。
予想していた衝撃はなく、柔らかい衝撃と共に地面に倒れた。
「………たたた。なんなのよ、もう」
「あ……」」
どうやら鳴美をクッションにしているらしい。
「たた……。ごめん谷川すぐど………」
く、と続く前に目が点になった。
熊さんだ。かわいい熊さんがにっこり微笑んでいる。
「〜〜〜〜!」
鳴美がすぐめくれていたスカートを隠すが、響太の頭にはすでに熊さんの笑顔でいっぱいだった。
「……………!」
無言でこちらを睨んでくる。
下手な罵詈雑言より迫力があった。
「……すいません。出来心だったんです謝ります」
「ほう…………非は素直に認めるのね」
「はい」
男の威厳もへったくれもなかった。
(もとの原因の紀子はあとで殴るとして、パンツ見たのは事実だし素直に謝るのが吉と見た!)
鳴美はキッとこちらを睨むと、無言で立ちあがった。
「あとで覚えときなさいよ」
「………はい」
やはり死刑執行は間違いないらしい。