第17話 理科室の人体模型
そしてようやく、二宮金次郎象の前につく。
「……………あ、二宮さんの本の上にカードがあるね」
ててて……と走って深春が取りに行く。
「ええっと………『そのまま二宮金次郎の顔を見ろ』」
「………うわ」
寒気がして、さぶいぼがたった。
「ここの二宮さんは夜中に教室を見回りしてる、って話だったからね。話とはあまり関係ないからいいんじゃない」
「だいじょうぶだいじょうぶ。俺はやれば出来る子。あれぐらいどってことない………」
「………聞こえてないみたいだね」
「だいじょうぶだいじょうぶ。すー………」
「わっ!」
「ぎゃ!!!」
深呼吸していた響太に深春がいきなり脅かした。
「あははは! ほら! しっかりしろ! 男の子!」
「んのおおおおおお!」
やはりへたれな響太だった。
…………そして10分が経過し。
何だかんだ言って、第3ポイント。「理科室の人体模型」である。
理科室は第2校舎の端の部屋であり、今はそこへ続く廊下の途中なのだが。
男の尊厳は見事に崩壊していた。
「……………普通逆なんだけどね」
「………ごめんなさい」
響太は深春の袖をつかんでいた。
「いいよ。こうしてた方が私も安心するし」
暗闇の中で、深春の笑っているのが少し分かった。
心なしか嬉しそうな深春に、響太はなぜかと考えて、とっさに深春と初めて会った時を思い出した。
「あの時と……逆だね」
「あ、会ったときのこと。そだね。腕は組んでなかったけど」
深春と初めて会った、雨の日。
傘を差した響太に深春が身をよせるという形だったあ日と、今、深春の腕につかまっている響太という形。
確かに逆だった。
「あの時はありがとう。おかげで駅までつけたから」
「いや、大したことじゃないし」
「それでも、ありがとう」
「………どういたしまして」
照れくさい雰囲気の中で、目的地の理科室についた。
「ここか………」
先ほどまでの空気が吹き飛んだ。
響太にとって今までで最も不気味な場所だった。
「じゃ、行こっか」
「よしきた!」
「……………」
深春が前に進もうとしても、響太はその場につったったまま動かなかった。
「はーい、駄々こねないで行こうねー」
「………はい」
響太はしぶしぶ中に入った。
理科室独特の雰囲気に、響太は早くも飲まれそうになった。
「ねぇ……」
「ひゃい!」
「……人体模型ってどこにあるの?」
変な声をだした響太はとりあえずスルーして、深春は聞いた。
「じゅ、準備室」
無数の標本に囲まれた、ここよりさらに不気味な場所。
その時だった。
カタッ!!
「「!!」」
誰もいないはずの部屋から、いきなり音がした。
準備室の方向からだった。
「こ、これって……じ、じんたい………」
響太が泣きそうな声を出した。
「………泥棒とかじゃないといいけどね」
小声で深春が最悪のケースをつげる。
「………そっちの方がいいかも」
「馬鹿。泥棒の方が危険でしょ」
(………確かに。本当に泥棒だったら、まずいな)
なるべく音を出さないようにして準備室のドアの前に立った。
「………行くよ」
「待った」
響太は深春を止めると、覚悟を決めた。
「お、俺が見てくるから、みみ、深春はここで待ってろ」
「ちょ、ダメに決まってるでしょ。それに、震えてるじゃない」
「武者震いだ」
響太は小さく震えた手をもう片方の手で押さえつけると、無理やり先頭に立ってドアを静かに開けた。
その瞬間、響太の視界に入った物は、意外なものだった。
「携帯かい!」
「え?」
深春も準備室を見てみると、ブーッブーッとマナーモードで震えている携帯が、床に落ちていた。
「………なるほど。机に置いてあった携帯が振動で落ちたのね」
「……………だな」
………何とも気の抜けるオチだった。