第16話 真夜中のプール
「ハーイでは早速、深春響太ペアしゅっぱーつ!!」
「さ、行こう。響太くん」
「………はい」
「………ぐすぐす。お姉さまー! ご無事でー!」
「あははは……」
最初は「夜中にプールで泳ぐ幽霊」だった。
この学園は校門から歩いた正面に武道場、そしてその左隣に第1校舎があった。
そして第1校舎の後ろに、第2、第3校舎と続くのであるが、プールはその校舎郡が終わった先にある運動場の、隅っこにあった。
つまりそこは校門からけっこう離れていて、その間無人の校舎を横切るのは響太にとってもの凄く怖かった。
「よろしくね、響太くん」
「あ、はははは……よろしくお願いします、神谷さん」
「………あのさ、響太くん」
怖さを押し殺し無難に挨拶をした響太に、深春は指を突きつけた。
「響太くんと私は同級生なんだから、敬語は禁止。あと名前で呼ぶこと!」
「えと、でも会ってからそんなに経ってないですし………」
「昨日と、そして今日。2回も会ってれば十分だよ」
響太を睨んでいた神谷さんだが、急に上目遣いになった。
「………………だめかな?」
駄目と言えるわけが無かった。
「分かりました! ええと………深春、さん」
「むぅ…………」
「………深春」
上目遣いでぐずられ、響太はそう言わざるをえなかった。
「よろしい!」
深春は満面の笑みだった。
(すっげぇ破壊力だ………俺、最後まで大丈夫か?)
肝試しでの恐怖以外にも、恐怖を覚える響太だった。
「し、仕事の方は大丈夫なの……か?」
どもりながら話を変える響太。
「うん、そこら辺は大丈夫。深夜だったし、前から言われてたから少し予定に気をつけるぐらいでよかった」
「そっか」
そこら辺は紀子の裁量だろう。ああ見えて、意外としっかりしていた。
そして話していると、第1ポイントであるプールについた。
「ついたね。ちょっと、ここの怪談を話してみようか」
「いえ、いいです!」
「………20年程前の話だけど、このプールで溺死した青年がいたらしいの」
響太の抗議は無視して、深春は心なしか楽しそうに、声の調子を一つ落として語り始めた。
「その子は水泳部のエースだったらしくてね、ハンサムで人気者だったの。けどそのおかげで部員に妬まれちゃってね。それで部員の誰かがイタズラでこっそり少量の睡眠薬を飲ませたの」
「…………」
だんだん深春の語り口に飲まれ、黙ってしまう響太。
「でもそれが水泳中に予想外に効いちゃってね、泳いでる途中に力が抜けて溺れちゃって、部員の人たちが気づいて助け出した時にはもう………」
「う……………」
その先は考えたく無い響太。
「その時からね、自分が死んだと分かっていないその青年は夜な夜な学校のプールで泳いでいるのよ。腐臭を漂わせハンサムな顔をぐちゃぐちゃにした状態で―――!」
「ぎゃあああああ―――!」
「あははははは!」
響太の悲鳴と深春の笑い声が響いた。
「響太くん、中々良いリアクションとってくれるね……! ははは………笑いが止まんない!」
ばんばん、と壁を叩いてもだえる深春。
「……………(がくがく)」
「あははは! ………あれ?」
深春が気づくと、響太は怯えてプールの隅にうずくまっていた。
「あ、あーごめん。ついうっかり言いすぎちゃったか……」
「……………(ぶるぶる)」
「大丈夫だって! 幽霊なんて滅多に出てくるもんじゃないから!」
そこで「幽霊なんていない」と言わないところが、深春のもう少し響太で遊びたいという心境を表していたが………
「ほら! あと5つもあるんだから、頑張ろ! えーと………これが取って来いって紙ね」
深春が周囲を見渡すと、プールのベンチに命令が書かれた紙と、星型のカードが置いてあった。
「えーと、なになに………『プールに足を浸せ。さすれば………………』」
「いやああああああ―――!」
響太はまるで少女のような悲鳴をあげた。
「プ、プールに足を………思いっきり引きずり込まれフラグ立ってんじゃねえかああああー!」
「みたいだね……あー大丈夫。大丈夫だからさ、ほら」
「いやだああああああ!!!」
その後、深春が響太の足をプールに浸すのに、5分はかかったという。
(ううう………しまった。あまりの恐怖に思わず間抜けな行動を………)
「ほら! 気落ちしないで! 頑張れ男の子!」
「ま、まだいける! 俺はいけるぞ!」
「その意気!」
深春が響太を励ましながら、第2のチェックポイントに急ぐ。
次は「動く二宮金次郎像」だった。
この学校の二宮金次郎像は、第3校舎近くの中庭にあった。
いつもなら軽く電灯がついているはずなのだが………
「紀子め。校舎の全部の電灯切ってやがる」
「ノリちゃんならやりそうだね。懐中電灯なきゃ真っ暗」
この校舎は山の上に立っているため、周囲が町の明かりで照らされることも無い。
………周囲に何かがいても、分からないほど。
「べ、別に平気だぞ! 怖くなんてないもんね!」
「………腕につかまっててもいいよ?」
「それだけは嫌!!」
(男としての最低限の尊厳を守るために!)
「ふふふ……頑張ってね」
面白そうに深春が笑った。
「………あのさ」
「ん、なーに?」
深春が振り返る。
響太は、密かに気になっていたことを聞いた。
「どうして………そんなに楽しそうなの?」
「………あー」
少しぶしつけな質問だったか……と思ったが、それでも響太は興味を抑え切れなかった。
「顔にでちゃってたか………」
しっぱいしっぱい……と深春は照れ笑いをした。
「響太くんってさ………妹に似てるんだよ」
「え………」
響太は目を丸くした。
「うん、そう。照れ屋で、ぶきっちょで、頼りなくて、そして人一倍怖がりで」
くくく……と笑う深春。
(お、俺ってそこまで低評価だったのか……)
そしてずどーん、と沈む響太。
「そして………とびっきりかわいい女の子にさ!」
響太が顔をあげると、深春が茶目っ気たっぷりにウインクをしていた。
(お………男と思われてない………!)
深春にとっては最上級の褒め言葉だったのだが、響太はさらに落ち込んだ。