第13話 お化け嫌い!
「………………疲れた」
放課後。
何か朝からいろいろあったため、響太はぐったりと机に突っ伏していた。
(すぐに帰りたいけど………そうも言ってられないんだよな)
もう一つ。今日中に処理しなければならないことがあった。
「お疲れモードね、響太」
「なあ、紀子」
「なに?」
紀子は突っ伏した響太に覗き込むような形で話しかけてきた。
響太は顔を上げずに、そのままダルそうに言った。
「猫いらねぇ?」
そう、今朝拾った猫のことについてだ。
本当なら自分の家で飼えればいいのだが、犬はともかく猫は都が毛嫌いしているため、飼えなかった。
なんでも昔死ぬほどの恐怖体験を猫にさせられたとか何とか。
「は? 猫? いらないけど。ウチ飼えないし」
「あっそ」
響太は何度か紀子の家に行ったことがあるが、猫や犬を見たことは無かった。故にこの答えは予測できたため、響太はただ肩を落とした。
「何? もしかして猫拾ったの?」
「ああ」
「なるほど。だったらあの子ね。おーい、鳴美ー!」
「何?」
帰り支度を始めていた鳴美に紀子が声をかけた。
鳴美は話していた女子の輪から抜けて、ツインの髪をゆらしながらこちらにやって来た。
「響太が飼えないのに猫拾ったらしいんだけど、どうにかならない?」
「ふーん。別にいいよ。世話してあげる」
「ありがと」
「ちょっと待て。えらく簡単に話が進んでるが………本当にいいのか、谷川」
あまりにもあっさり話がまとまったので驚いて顔をあげる響太。
「何? 何か問題のある猫なの?」
「いや、別に普通の子猫だが………それでもそんなにあっさり飼えるもんでもないだろ」
「大丈夫。委員会で飼うから」
「は?」
響太が目を白黒させていると、鳴美に変わって紀子がいつの間にか用意したトランペット片手にこう言った。
「鳴美はね。生き物委員会委員長なのよ!!」
そしてぱぱぱぱっぱぱー、とトランペットを鳴らす紀子。
(…………何、その小学校にありそうな委員会)
「あー! 何だか馬鹿にしてる視線ー!」
鳴美は響太を睨むと、説明しだした。
「生き物を保護し、世話をする大切な活動よ。犬、猫に始まって鳥、ウサギ、金魚、亀、コイ、タヌキ、猪とかまあいろいろ。この巨大な学園に潜む動物たちみんなの世話を誰がやってると思ってるの?」
(むしろそんなにたくさんの動物がこの学園にいることが驚きだ)
「活動資金だって、何気に委員会の中では1番多いしね」
「世話するのにはお金がかかるの。餌代とか、避妊手術とか………と、それで、その猫どこにいるの?」
「あ、ああ。今は校舎裏にいるけど………」
響太は鳴美を猫のいる場所に案内した。
………が。
「………………いないじゃない」
「あれ?」
タオルのしかれたダンボールと空になった皿は見つかったが、そこに子猫の姿は無かった。
「誰かが引き取ったか、逃げたかどっちかね」
やれやれ、と紀子が首をふった。
「まったく、時間を無駄にしちゃったわ」
「ま、その内ひょっこり現れるでしょ。ところで響太、今日これから暇?」
「ん? ああ。特に用事はないが…………」
(家で夕飯を作る以外は)
そう言うと、にへへ〜って感じで紀子が笑い出した。その笑い方には不気味さがにじんでいた。
「実は今日ね、女の子何人か誘って『進級おめでとう肝試し大会』をやるんだけど、一緒に来ない?」
「げ」
(なんだそのミスマッチな大会は!)
「ええ〜! こいつ誘うのー?」
「少しは男手がないと、危ないしつまらないでしょ?」
「行く! 女房を質に入れてでも!」
答えたのは響太では無かった。
いつの間にかついてきていた健だった。
「そもそも女房がいないだろ、健」
後ろからついて来た結城がやれやれ、と答えた。
「何故お前らが答える…………」
「うーん、ま、いっか。男の子いた方が盛り上がるし……」
「いよっしゃあああああ!」
健が勝利の雄たけびをあげた。
ああ、うるさ。
「結城も来る?」
「………まあ、別にかまわんが」
「じゃ、決定ね」
続々とメンバーが決まっていく。
そんな中、響太はそろりそろりと密かに逃亡しようとしていた。
「あーら、響太くん………どこに行くつもりかな」
「あ、いや、俺はその、今日はいろいろ用事が………」
「あはは、だいじょうぶよ。肝試しをやるのは今日の深夜2時だから」
「待った! 深夜2時ってそんな真夜中にやるのか?」
(本格的じゃねーかー!)
「まーね。色々こっちも準備があるし。やるからには万全を期したいじゃない?」
「い、いや………そんな深夜に学校に行くのはいろいろと問題が……」
「理事長の許可は取ってあるわ」
「俺は深夜の学校だけは行くなと、死んだばーちゃんの遺言で」
「そんな遺言するわけないでしょ。ぐだぐだ言ってないで来る。響太は強制参加なんだから」
「なぜだ!」
「脅かした時の反応が一番楽しい人だからに決まってるじゃない」
「やっぱそれが目的か貴様――――!」
響太唯一(?)の弱点。お化け大嫌い。だって怖いから。
それに昨日お化けのような幻覚を見たから、響太は余計に行きたくなかった。
「えっ何? もしかしてあんたお化け苦手なの?」
「ぷくくく………。昔、恐怖体験をした影響でね。お化け屋敷とか極端に嫌うのよ、こいつ」
(元凶が何を言うか!)
響太のお化け嫌いの原因は、紀子が反応が面白いから、という理由で怪談話やらなんやらをことあるごとに話まくったせいだった。
「くくく………しょうがないわね。特別に同行を許してあげるわ」
「決定ー!」
「嫌だ!」
「ダーメ。予定無いんでしょ?」
「場所はどこでやるんだ?」
結城が聞いた。
「学校。普段見慣れている分、そう恐くは無いと思うけど………」
「普段見慣れているからこそ恐いんだろ!」
「響太はどっちにしろ、恐いんでしょ」
「やーい、弱虫ー」
「うるせぇ谷川!」
………が、反論はできない響太だった。
ちなみに谷川とは、谷川鳴美ことツインテールのことである。
「じゃあ今夜の深夜2時。校門の前でね。ちなみに響太は私が迎えに行くから。いなかったらあなたのあだ名はチキンね」
「各自、眠たくならないように帰ったら仮眠をとっとくこと!!」
「うふふふ………。ねぇ、知ってる? 山田。この学校には七不思議がきっちり存在していることを………」
「明らかに面白がってるだろ谷川!」
「トイレの亜衣子ちゃん、理科室で勝手に動く人体模型、数が変わる階段、笑うベートーヴェン、ぐらいだな。俺が知っているのは」
(頼むから言うな結城ー!)
「7つ知ったら死んでしまうってべたな怪談だけど、この中に1つぐらい本物が混じっていてもいいんじゃないかなーって思うよねー、山田?」
「言うな!」
「ちなみにあと2つは走る二宮金次郎、夜中にプールで泳ぐ幽霊、だね。もう1つは報道部全員で調べまくったんだけど、どうしても調べられなかったんだよね」
「7つ全部知ったら死ぬんだろ! だったら知らなくていい、つか知ろうとするなー!」
響太は心の底から出たくなかった。だが、チキンの称号ぐらいいくらでも背負ってやるが、約束をすっぽかしたときの紀子の制裁も、幽霊と同じくらい恐かった。
(……………どうしよう)
響太は八方ふさがりな状況で必死に考えを巡らせた。