第11話 保健室の照美ちゃん
「………お姉ちゃん」
「ん? なーに、千秋?」
「………ほんとに、大丈夫なの?」
「んもぅ! 学校を見てみたいって言ったの千秋じゃない!」
「そ、そうだけどぉ………」
明かりは電灯だけ。異様に雰囲気のある雷鳴学園を二人の姉妹が忍び込んでいた。
一人はポニーテールの、姉と呼ばれている勝気そうな中学生ぐらいの女の子。
もう一方は、どうやら響太と視界を共有しているらしく、顔は分からず、声だけが聞こえた。
「せめて昼間とか………」
「馬鹿ねぇ。普通の学校見学ならともかく、音楽室を使いたいなんて、吹奏楽部の連中に内緒でこっそり入る以外方法がないでしょ? この学園、土日は門が閉まっちゃって入れないし」
姉の言葉に、千秋と呼ばれた少女はぷるぷると震えた。
「怖いよぉ………」
視界が右へ、左へと忙しく動く。千秋は姉の服の裾をつかみながら、せわしなく周囲を見渡していた。
「………もう」
姉は一つ息を吐くと、ぽん、と顔1つ分下の千秋の頭に手をのせた。
「大丈夫だから」
ふぇ……と千秋が顔を上げる。そこには優しげに頬をゆるませた姉の笑顔をがあった。
「あんたは私が守るからさ」
その言葉は、千秋にとって今まで聞いたどんな言葉より、深く心の中に染み込んでいった。
気がつくと、消毒液のきつい匂いがした。
響太は保健室の椅子に座り込んだ姿勢でいた。
「あっ、気がついたみたいね」
響太を見ている人は、保健の先生、にしては白衣ではなくスーツを着て、大人の女性と言う感じで無駄に色っぽい人だった。
「えっ、私? あっそうか、山田くんは保健室の利用は初めてよね。私は竹中照美。ぴちぴちの保健教師よ」
「え?」
(保健教師? あんな大きな胸を持って、保健体育の実戦とかやりそうなのに?)
「意外かしら?」
「………すみません」
…………男としてもすみません、と響太は心の中で謝った。
「いいわよ、よく言われるし。それより、山田くん。どこか痛むところはない?」
「はい。これといっては、ありません」
「じゃあ、大丈夫ね。あと10分もすれば3限が終わるから、4限からはきっちり出るのよ」
「そうします」
(ええと、確か鼻血が出て保健室に行ったらいきなり半裸の女の子が………)
「そういえば、俺の他にも女の子がいませんでした?」
「ああ、鳴美ちゃんのことね。彼女なら私にあなたを任せた後、授業に行ったわ」
ぷんぷんしてたから気をつけてねー! と嬉しそうな声で付け足された。
(うわー、やっぱ怒ってるか。着替えを見たことを素直に謝るべきか……でも殴られたんだしそもそも保健室で鍵もかけずに着替えてたあっちにも非が………)
「ところで」
竹中教師は目を細め響太の体を見回した。
「本当に、自覚症状無いの?」
「はあ、ありませんが」
そういえばと、よくよく思い出してみると2度も顔面に衝撃を受けているのだ。鼻血も止まっているようだし………
顔を触れてみるが、これと言って痛い部分も無かった。
「傷もないですね。俺、思ってたより丈夫みたいです」
(バレーのスパイクはともかく、最後の衝撃で無傷とは………)
「ふふっ、何言ってるの。そんなわけないでしょ」
「は?」
「見つけたときはね。鼻血はだらだらだし、なにやら歯も折れてるっぽくて、結構大惨事だったのよ」
「え………だったらどうして?」
「ふふふ、それはね。あなたに私の『ポーション』が効いている証拠なのよ!」
「ポーション?」
(なんだそのゲームから抜け出てきたような代物は)
「ポーションはね。ほら、よくゲームとかであるでしょ。使うだけですぐに体が回復する奴。あんな感じで即効性のある回復薬が作れないかなーと思って作ったのよ」
………湧き出てくる嫌な汗を、響太は止めることができなかった。
「そして完成した現代版ポーションにはね! なんとあなたの自己回復力を犯罪的に高める効果があるのよ!」
(犯罪的て)
ズバーン! と言っておりますが。やっぱり嫌な予感は止まらない。
「うーん。旧式のはいきなり生徒が暴走しだしたりして、副作用がひどかったんだけど………」
「待て! 生徒が暴走って何!?」
「………尊い犠牲だったわ。でも、今回は大成功ね!! いよーし! そうと決まればさっそく他の生徒たちにも試して」
「ストップ―――――!」
なんだその犯罪くさい香りのする薬は!
「まあまあ。若いんだし、いちおう最低限、死なないようにはしてるからから大丈夫よ。それより………」
そう言うと、竹中教師は胸元を意図的にチラッと響太に見せた。
「別の薬も飲んでくれたら、あなたの好きなココでお姉さん、い・い・こ・と、して」
「ありがとうございました! 失礼します!」
響太は高速で礼を告げると、保健室を脱出した。
(冗談じゃない。こんなとこにいたら誘惑に負けてどんどん体を壊してしまう!)
響太は、変な副作用が自分に降りかかってこないことを切実に祈った。