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霊の心  作者: タナカ
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第103話 気持ちのいい朝


「響太………」

「………」

「ほら………!」

「………?」

「さっさと起きろ!」

「はいっ?!」


 いきなり肩を強引に揺さぶられたので、響太は驚いて目を覚ました。


(な、なんだなんだ!?)


 響太はここずっと、起こすことはあっても起こされたことはほとんどなく、しかもこんなに乱暴に揺り起こされたのは初めてだった。

 何事かと思い、意識を一気に覚醒させると同時に。


「な………!」 


 目の前にいる人物を見て、さらに驚いた


「………おはよ、響太」


 それはそっぽを向いているが、ショートボブの元気そうな顔、そして見慣れた紺色の制服を着た女の子。


「紀子――――!!!」


 叫ぶと同時に、ガバッ! と慌てて跳ね起きる。

 見まわすと、そこは少し散らかっている、いつも通りの自分の部屋。時間はいつもより少し遅い午前7時。


「おまっ!? なん……! ここ……!」


 驚きのあまり、声が出ない響太。


(なんで俺の部屋に紀子が!!)


 紀子を指差し震えながらぱくぱく口を開け閉めしている響太をちらりと見ると、


「………ついでというか、気分で来ただけ。別に深い意味はないから」


 紀子はそっぽを向き、少し声のトーンを低めで言った。


「ご飯もできてるから。さっさと着替えて降りてきなさいよ」

「あ、ああ………」


 紀子は努めて自然を装い踵をかえすと、そのまま響太の部屋から出ようとして………


 ガンッ!!


「〜〜〜!!!」


 ドアに顔をぶつけた。

 ………前をよく見てなかったらしい。


「………何やってんの、お前」


 その時初めて響太は、冷静な声を出せた。


「………………」


 しかし紀子は痛みに震えながらもそのまま何事もなかったかのように、無言で部屋から出ていった。


 バタン……… 


「………お〜い」


 何が何だかわからなかった。







***







(………う〜ん)


 驚天動地の紀子の襲撃で、頭が混乱していた。

 よく思い出せないが、変な夢を見たということだけは響太の頭の片隅に残っている。

 そんな少しだけ暗鬱な気分を引きずったまま、てくてく……と階段をゆっくり降りる。


「むぐぅ〜……深春ぅ〜……」

「あははっ! 都さんむくれないむくれない!」

「……………」


 ……だが、どうやら夢はまだ続いているらしい。

 時刻7時10分。

 山田家の基準では『朝早く』という表現がぴったり合う時間であるにもかかわらず、居間には都、深春、そして紀子と、今までにない顔ぶれが勢ぞろいしていた。


「………? 響太くん、こめかみを抑えてどうしたの?」

「………いや、なんでもないから」


 猫柄のエプロンと鍋つかみをつけた深春に、苦笑を向ける。

 響太は、ずずず……とコーヒーをすすっている都を見た。


「………紀子もびっくりだけど、よくこんな時間に起きれたね、母さん」

「………ううっ、深春に騙されたのよぅ。私の部屋の時計がみ〜んな30分も早くなってたの………!」


 テーブルの木目に目線を向けながら、ひたすらぶつぶつ呟く都。


「あははっ! 大成功だったね!」

「深春! 今度やったらひどいからね!!」

「は〜い!」


 都の叱責に答えた様子もなく、笑いながら深春がキッチンに引っ込んでいく。


「………………」


 響太は、ただただ目を丸くしていた。


(………こんなことも、あるんだ)


「え〜! 洋食〜!?」

「今日はノリちゃん主導の朝食だからね〜! ゆえにこういうチョイスになっちゃったんだけど……」

「すみません、都さん。ひょっとして洋食は苦手でした?」

「そうじゃないけど……響太はいつも和食だったから…………ま、いっか」


 テーブルに並ぶのはサラダ、ベーコンエッグ、コーンスープに食パン、などなど。

 響太が用意したら、朝には絶対に並ばない品目。


「さてご飯にしよっかなって……って椅子がないね。都さん?」

「え? 椅子? え、え〜と………」


 彼にとって居間は、たまに都が早めに帰ってくる以外は、存外に静かな場所だった。

 だから椅子だって自分と都、そして予備の分(今では深春の分だが)しかなかったし、台所等から出るゴミも微々たるものだった。

 それが………


「「「いただきます」」」

「………ってあれ? どうしたの響太くん?」

「……なんでもないよ、深春」


 深春が、紀子が。

 たった2人の女の子がいるだけで、響太にとって見慣れた居間の全てが、響太にとって真新しい場所になっていた。


「ん………?」

「にゃ〜……」


 立ち尽くしていると、突然足にぞわりとした感覚がした。

 すると足元に猫吉が「なんかくれ〜」とでも言いたげに、擦り寄ってきていた。


「………凄いね、猫吉」


 響太は微かに口の端を緩ませながら、猫吉を抱きかかえた。


「この家が手狭に感じたのなんて、初めてだよ」







***







 にぎやかな朝食が終わり。


「……いきなり押しかけてごめん、深春」

「いいよいいよ。むしろかわいいノリちゃんが見れてもうウェルカム!」


 居間から壁1つ隔てた台所で、深春と紀子が一緒に弁当を作りながら、話をしていた。


「けど突然どうしたの?」

「………ん〜」


 深春の問いに、紀子は少し頬を赤くして言った。


「別に………ただの気まぐれ」

「本当に〜? 何か他にあるんじゃない?」

「………………秘密」

「え〜、教えなよ〜」

「だめだめ」


 言え〜、言わない〜、と笑い合いながら、じゃれ合う2人。

 しかししばらくすると深春の方が急に黙り込んで、


「………」


 突然紀子の頭をなでた。


「ひゃっ!」


 それに驚く紀子。


「……ノリちゃんは偉いね」

「………へ? なんで?」


 不思議そうな顔の紀子に、深春は優しげに笑みを深める。


「ココロって、難しいよね。どんなに拒絶しても思い通りにならないときがあったり、逆に思いも寄らない素敵なプレゼントをしてくれる時もある」


 深春は紀子をなでるのをやめると、スポンジを手にとって食器を洗い始めた。


「………………」


 紀子には正直よくわからなかったが。

 なぜだか、深春が少し悲しそうに見えた。


「今まで見てきたノリちゃん、なんていうか………つらそうだったよ。自分にもよくわからない感情に(もてあそ)ばれて………………本当につらそうだった。

 でも………今はそんな風に見えない。元気で明るくて優しい、そんないつものノリちゃんに見える」

「そう………?」


 少し困ったように小首をかしげながら、紀子は深春をマジマジと見た。

 深春はその視線に気づくと、にっこり笑って顔をあげた。


「ノリちゃんはそんなココロに振りまわされながらも、それでも頑張ってココロを受け入れたんだよね? 響太くんへの想い、嫉妬、いろんな物を含めて、み〜んな。

 それって、実はとんでもなくすごいことだと想う」


 そして最後に視線を落としながらぽつりと、「………私には真似できないよ」とつぶやいた。

 幸いにも、というべきか。紀子にはそのつぶやきは聞こえなかった。


「ん〜……誉められてるんだろうけど、正直よくわからない」

「誉めてるんだよ〜! 素直に受け取っときなって!」

「ん〜……ってひゃっ!! こ、こらっ!! どこさわって………!!」


 台所は、2人の明るい声で満たされていた。 







***







「そろそろ行くぞ〜!」


 響太は玄関前で、中にいる紀子と深春に向かって大声をあげた。

 3人一緒に登校するつもりだったのだが………


「さき行っといて〜!」


 部屋の奥から紀子のそんな返事がかえってきた。 

 どうやら響太1人での登校になるらしい。


(……ま、いっか。2人と一緒に登校したら変な勘繰りを受けそうだからな)


 そう結論付けると、響太は家を出てすっかり春らしく暖かくなった道を歩き出した。


「あら、響太くん。おはよう」

「おはようございます」


 近所のおばさんに挨拶される。

 いい天気だからか、道行く人はみな機嫌がよさそうだった。

 響太もそれに呼応するように、自然と気分が高揚してくる。


「にしても……まさか紀子が朝からウチに来るとは……」


(………どんな心境の変化だ?)


 紀子がどういった理由で響太の家に来たのか、そのことをうんうんと考えるが、答えは出ない。


(気まぐれ………罠……………う〜…………)


 てな感じで若干マイナス思考ぎみに考えながら歩いていると、


「おーい! 響太ー!!」

「お………」


 いつのまにか健との待ち合わせの場所に来ていたらしい。顔をあげると、健のいつも通り元気そうな顔が見えた。


「うおっす!」

「おはよ」


 いつも通りの何気ない挨拶をしたつもりだが、少しだけ声がうわずった。


「ん……? なんか機嫌いいな、お前」

「そうか?」


 健に気づかれたっぽいが、響太はそれにかまわず「ところで……」といつも通り、とりとめもない話題をふる。

 ぺちゃくちゃ話しながら歩いていると、あっという間に校門前。


「お、結城おはよー!」

「………ああ」


 いつも通り1人無表情で歩いている結城に、健が声をかける。


「お前も聞けよ結城〜! 実は昨日ハナちゃんがさ〜………」

「まぁ、そんな健のどうでもいい話は置いといて。結城、おはよう」

「……おはよう」

「俺無視!? ひでぇ!!」


 教室までだらだら歩き、そんなどうでもいい話しをしながら、響太は自分がいつも以上に饒舌(じょうぜつ)になってきていることを抑えきれなかった。


(………楽しい)


 今まで全然意識してなかったけれど、響太はこうして健や結城、紀子たちみんなと馬鹿をして笑いあうことが、こんなにも楽しかったのだということを改めて知った。


(………この日々を大切にしていきたいな)


 こうして笑いあっている日々を。

 響太は本気でそう感じていた。

 ………なぜだろう。

 なぜ、こんな風に感じたのだろうか。

 少し考えて………苦笑した。

 考えるまでもなかったからだ。


(紀子と深春)


 彼女たちが、少し寂しかった朝をにぎやかなものに変えてくれたからだ。

 今日1日が楽しいものになると、教えてくれたからだ。


(………すごいな)


 長年ほこりのように積っていたあの寂しさが、今は嘘みたいにさっぱりとなくなっている。

 自分の人生に1人でも人が加わることで、こんなにも明るくなる。

 気づかなかった。

 朝ってこんなに、気持ちいいんだ。 


「………………」


 なんとなく。

 響太は千秋のことを思い出した。


(………今、千秋は病室かな)


 彼女は今、何を考えているのだろう。

 今まで霊とはいえいろんな千秋を見てきたけど、未だに彼女がどんな存在なのかよくわからないし、どんなことを考えているのか想像すらつかない。

 ………だけど。

 響太はくすっと笑った。

 なぜだろう。

 

(………会ってみたいな)


 霊として、ではなく。

 神谷千秋、一個人に。

 自然と前向きに。響太はそう思えた。






次回! ついに最終回!

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