第102話 千秋の話
………………静寂が、周囲に満ちていた。
「……………ん?」
その耳が痛くなるほど静かな場所に、響太は気がつくと立っていた。
(…………あれ?)
よく見ると、そこは見なれた自分の家の玄関前。
周りを見ると、天気は昼頃だろうか、日差しが真夏のように辺りを照らしている。
そんな気持ちのいい天気だったが………辺りの風が凪いでいて、人気もない。
いつもの風景のはずなのに、どこか物悲しくて、寂しい場所だった。
(なんで俺は、こんなところに立って………)
都と夜中に部屋で話していた所までは覚えているのだが、その後がよくわからない。記憶が曖昧だ。
(あ………)
ふと、コンクリートの道の先に、人影が見えた。
その人がゆっくりとこちらに歩いてくるに連れて、響太はその人形のように綺麗な少女が誰か、悟った。
「千秋………」
不思議なことに、彼女に対して今まで散々感じてきた恐怖、疑問、そういったものを抱かず、さして抵抗もなしに響太は呟いた。
彼女は響太に近づくと、口が開いているのか開いていないのか、小さな口で言った。
「警告に来た」
「警告……?」
こくり、と小さく千秋は頷く。
「………あなたが私に会うのを、もう止めるように」
「え………」
よくわからなかった響太は、声を詰まらせる。
………その時。
ふっと、響太の真後ろに、閑静な住宅街を背景に、三つ編みの小さな女の子が現れた。
「………!」
その子を見て、息を呑む。
なぜなら少し幼いがその子も、千秋だったからだ。
「あなたと私は、前世で少しだけ縁があった」
幼い千秋はゆったりとした微笑を響太に向ける。
「あなたの生来の霊との感応能力の高さ、そして私とあなたの縁の深さ、様々な偶然が重なって、あなたは奇跡的に器から離れ放浪していた私たちに干渉できよるようになった。
そして、あなたが干渉し、自分の中に取りこんだ神谷千秋、それが私たち」
「………取りこんだ?」
(俺が? 千秋を?)
理解できない、そしてにわかには信じられないことに、響太はただただ混乱した。
ただ、それでも頭を動かし、からからの喉から小さく消えるような声を出す。
「………よくわからないけど、取りこんだってことは。君たちは俺の中にいるの?」
「………」
こくり、と2人の千秋は頷く。
「それは俺にとりついているようなものなのか?」
「………少し違う」
少し幼い方の千秋が、小さく首を振る。
「誰かにとりつくことができるのは、あのユキナのように、完全なココロを持つ霊だけ。不完全な私たちは、あなたの魂の器の中にいることしかできない」
「君たちが……不完全?」
「そう」
玄関の方で他の声がしたので、ぎくりと振り向く。
するとそこには、綺麗な真っ白のワンピースを着た3人目の千秋が、まるで幽霊のように突然現れていた。
「死ねば交わっていたココロは霧散し、やがて自然へとかえっていく」
足音をさせずに、ゆっくり響太に向かって歩いてくる。
「私たちはその霧散したココロの一部に過ぎない」
「ほんの一部に過ぎないから、不完全。だから例えあなたのココロをのっとったとしても、器をうまく使うことができない。だからただ、私たちはあなたの中にあるだけ。ほとんど何もしない」
交互に、3人の千秋たちが呟く。
「ココロは常に分裂している」
「笑っているココロ、怒っているココロ、悲しんでいるココロ、喜んでいるココロ、それが常に変化し複雑に合わさり、1つの心をなしている」
「それ1つ1つはみな同じ人のココロだけど、みな少しずつ違うココロ」
「嬉しかった時」
「楽しかった時」
「つらかった時」
「怖かった時」
「皆全てが私であるけど、私じゃない私の一部」
自分を取り囲んでいる千秋は3人だけど、響太には気のせいか何人もの千秋の声が聞こえてくる気がした。
「あなたはそんな神谷千秋の一部を見てきた」
ぱっと、いつの間にか景色が入れ替わる。
「あ………」
そこは、始めて千秋の霊を見た場所。
学校のそばにある、公園だった。
視界を埋め尽くすように、散ることのない満開の桜がそこら中に咲いている。
桃源郷みたいだった。
「あなたの器は人より大きいから、こうして私たちも今まであなたの中に住むことができた」
「だから勝手かもしれないけど、私たちはこのまま、あなたの器がもたなくなるまであなたの中で何もせず、ただずっといるだけの存在になるつもりだった」
「だけど、あなたが私たちの負の思念に干渉するつもりみたいだから、止めにきた」
呆然として声の出せない響太に、千秋の内の1人が手をかけた。
「あのデパートにいた私は、死ぬ間際の思念だから、かなり強い上にタチが悪い」
「負の感情の私。それはあなたの精神に確実に害を及ぼす」
「鬱、ストレス……簡単に言えばそういうことだけど、度を越えた負の思念は軽視できない作用を引き起こす。
自殺、精神崩壊……………そういったものの引きがねとなり、それは最悪……………惨たらしい『死』をもたらす」
「あなたがそうなることを、私たちは望まない」
「だからお願いする」
残り2人も響太にぎりぎりまで近づく。
後ろに下がろうとしたが、なぜか響太はそれができなかった。
1人が響太の右手、1人が左手を握ると、最後の1人が響太の真正面に立った。
「………!」
少し動けば当たりそうな、そんな距離にいた。
「「「私なんかに、もう構わないで欲しい」」」
えー……まずは更新遅れてごめんなさい。
いや、実は今回のこの話を、『霊の心』最終話にするつもりで気合入れて書いてたんですけど……予想以上に話が膨らんだので、予定よりあと1、2話延ばそうと思います。
どちらにしろ、次かその次が、霊の心最終話です!