第101話 都の話
午前零時過ぎ。
ユキナが出ていった後の自分の部屋で、響太はぼんやり時計を眺めながら、「そろそろ寝よっかな〜」とか考えると、こんこん、と小さくノックの音が聞こえてきた。
「響太〜?」
「………母さんまでもか」
今度は都が、珍しく遠慮がちに響太の部屋をノックした。
響太はため息を1つつくと、「どうぞ〜」と投げやりに答える。
「は、入るわよ………」
そしてピンクのパジャマを着て寝る準備万端の都が、こそこそと入ってきた。
「どったの?」
「いや、なんとなく響太が寂しがってるだろうと思って、今日は一緒に寝てあげようかな〜と………」
「ダメ」
「なんで!?」
「寂しがってないから」
響太は簡潔にそう言った。
「きょ、響太〜………? 別に無理しなくてもいいのよ〜?」
「………………」
響太が半眼で睨むと、都は堪忍したのかがっくりと肩を落とした。
「………ごめんなさい。寂しがってるのは私です」
「よろしい」
(………まったく)
ここ最近響太には、倒れたり怪我したりと、本当にいろいろあった。
だから都が心配してくれている気持ちはよくわかるが………
「気持ちは嬉しいけど、一緒に寝るのはダメ。もうそんな歳じゃないんだから」
この前の自分のことは棚に上げているが、響太は気にしない。
「んむぐぅ………」
意味不明な擬音と共に、不満そうな顔をする都。
「それより、番組作りの方はどうなってるの?」
「………ああ、あれはちょっとモメたけど、順調よ」
パッと表情を明るいものに変えて、都は言った。
「深春にも出てもらうことになったしね。そこそこ豪華なスペシャル番組になるんじゃないかしら?」
「そっか。うまく行くかな?」
番組もそうだが、結神社の問題も含めて、という意味で響太は聞いた。
「それは正直、もうしばらく経ってみないとわからないわ」
都は両手を広げ、降参のポーズを取った。
「例えテレビである程度のブームを作っても、それはしょせん一過性だもの。結神社の霊たちを追い払うぐらいの信仰心を集めるなんて、やっぱり一朝一夕じゃいかないわ」
「ん〜………やっぱり」
(そううまくはいかない、か)
渋い顔で唸っていると、「でもね」と都は続けた。
「調べててわかったんだけど、結神社の理念は『絆』。人種とかそんなつまんないことは考えず、人間は皆そういった絆で結ばれてるんだって。そういうのが大元の考え」
「へー………」
「差別で苦しんできたユキナらしい考えだよね。そんでこの考えってさ、他にも共感してくれる人がいっぱいいてくれると思う」
人種問題のみではなく、いじめ、ジェンダーなど、差別に関する問題は社会に蔓延している。
そんな世の中だからこそ、この考えに共感してくれる人は決して少なくないのではないか。
「今回の番組は、そんな人たちに結神社を教えること。そうして少しずつ教えを広めて行けば、霊たちを追い払うこともできるんじゃないかしら?」
「そうだね」
「それに今回だけじゃなくて、他の番組でも結神社の紹介とかいっぱいしてもらえるように、ゴリ押しする予定だから」
「………ゴリ押して」
(………うぉい)
響太は呆れていたが、けど………
「………そっか」
少しだけ安心した。
何だかんだ言って、都はすごい。彼女にまかせれば、きっとうまくいくだろう。
「だから、こっちは心配しないで。時間はかかるけど、きっとなんとかして見せるから。だけど……………問題は千秋ちゃんの方」
都は少しばかり声の調子を落とす。
響太は病室にいた千秋を思い出しながら、言った。
「植物状態なんだよね」
「そう。それに植物状態の原因は、脳の問題だからね。『脳は人体のブラックボックス』って言われてるぐらいだから。そこをどういじればいいのか、まだほとんどわかってないのが現状。
植物状態から人が生き返るのって、奇跡って言われてるのよ?」
現代医学じゃどうしようもないの、と都は付け加えた。
「だからもう、霊がどこにいるか、そしてその霊を通じて千秋ちゃんと深春を会わせる。それに賭けるしかないんだけど………」
「………………うん」
(千秋の霊が居る場所はわかっているけど………)
それはあの廃デパート。
1度響太が霊の渦に呑まれて気絶した場所なのだ。
都も響太が考えていた場所がわかったのか、厳しい口調で言った。
「あそこにはいつかはもう1度行かなきゃいけないんだろうけど。それでも無茶して行かないでよ。絶対に」
「それはわかってる」
都に心配かけるわけにはいかない。
(だけど………)
行かなければならないことも、事実だった。
(………どうしよう?)
途方にくれる響太だった。