第100話 魂の交差点
深春が部屋から出ていった後。
「失礼しますえ」
「どうぞー………」
声の後、白い子猫が器用にドアを開けると、するりと部屋に入ってきた。
「ユキナ……」
それは猫吉に取付いたユキナだった。
「今までどこに行ってたの?」
ユキナはてくてく歩くと、椅子に座っている響太のひざに飛び乗った。
「京都の結神社の本殿で、霊たちの様子を見てきたんどすえ」
「どうだった?」
響太は苦笑しながら、ユキナのふさふさの毛をそっとなでる。
「………あまり芳しくないどす」
前足で顔を洗いながら、ユキナは言った。
「負の霊の力が、また少し強くなっておました。そろそろ本格的に封印しなおさんと、本気でヤバイどすえ」
響太がなでていた毛が、少し総毛だっているように思えた。
「……………あ、あのさ」
「………? なんどすえ?」
「実は少し話したいことがあるんだけど………」
(深春や母さんにはまた心配するから言えなかったんだけど)
ユキナには話しておくべきだろう。そう思って響太は、眠っていたらいつの間にか自分が江戸時代の旅篭屋の若旦那、響兵衛になっていたことを話した。
ユキナとそっくりな娘、雪に会ったことも。
「………そうどすか」
ユキナは話し始めた当初は驚いていたが、その後の展開についてはある程度予想していたらしく、さほど驚いた様子を見せなかった。
「知ってたの?」
「今までは半信半疑やったけど…………今の話しで確信が持てたどすえ」
響太のひざから飛び降りると、ユキナはすっと響太を見上げた。
「ウチが雪で間違いないどす」
「ああ、やっぱり!」
響太は1つの疑問が解決したことを喜びながら、気になっていたことを聞いた。
「あの後、大丈夫だった? 響兵衛の日記に飢饉のこととか多少書いたんだけど、アイツがちゃんとユキナを匿ったかどうか心配で………」
「響兵衛はんはあの時からずっと、天寿を全うするまで………………ウチはほんによく世話になりおした」
一瞬視線を下に逸らすユキナ。
「そっか、よかった!」
呑気にほっと胸をなでおろす響太だったが。
「おおきにな…………ほんに」
「へ………?」
ユキナが頭を下げたのを見て、響太は慌てた。
「ちょ、俺は別に大したことしてないから別にそんなこと言わなくていいって!」
「言わしとくれやす」
ユキナは真剣な面持ちで、響太を見上げた。
「………ウチは、あんなにしてくれはった響兵衛はんの恩に、最後まで報いることができへんかったから」
「………………」
響太には、あの後ユキナと響兵衛に何があったのかはわからないが。
なんでか重苦しい雰囲気になる響太の部屋。
「け、けど、なんで俺はいきなりあんなところに行くハメになったんだろうね?」
必死で話題を変えようと、そんなことを言った。
「……………そうやな。まだ確証はあらへんけど………………」
ユキナはまた、とんっと跳躍すると、響太のベッドの上に飛び乗る。
そしてそこに腰を落ち着かせた。
「うろ覚えなので確証はありまへんが、もしかしたらあの廃デパート。元々、あの旅篭屋が建っとった場所なんかも………」
「へ………?」
予想外の言葉に、響太は一瞬言葉をなくした。
(廃デパートとあの旅篭屋が、もともと一緒の場所にあったぁ?)
「せやったら、老舗の旅篭屋、そしてデパートと。あそこは長年、多くの人が行き来し交流する場所として、長年発達してきたことになるどすえ」
「………?」
何が言いたいのかわからなくて、首をかしげる響太。
その時、ユキナは急に話題を変えた。
「ウチ………実は神様の存在は、正直信じとらんどすえ」
「はい?」
(いや………巫女なのに?)
「せやけどこうして結神社の巫女となり、ある程度の力は持っとるどす。なぜかわかりはります?」
「………さぁ? 信仰心とか?」
「その通りどすえ。こういう霊的力、というのは信仰心が元になってるんどすえ。信仰、信じる心の集積が、霊的な力を及ぼすんどす」
「へー………」
そう響太が相槌を打っていると、ユキナはそっと窓越しに空を見上げた。
「あそこは今の廃れた場所になるまで、様々な人々の心が通った場所。その積み重ねが、あそこの霊的磁場を高めたんどすえ」
「霊的………磁場?」
よくわからなくて聞き返す響太。
ユキナは苦笑しながら、自分の言葉を言い換えた。
「言うなれば魂の交差点になっとるんどす。そういうところになっているから、あそこまで霊が集まっとるのかもしれんどすえ」
うあー! 記念すべき第100話でまた毎日更新逃しましたすみません―――!!
………けどまぁ、100話に相応しいまとめっぽい話にはなったかな、とは思ってます。