第9話 猫吉
いつもと少し変化があった。
健が定刻になっても集合場所に来ていなかったのだ。
健は意外と律儀な性格で、風邪で休んだりするときも、朝学校に連絡する前に必ず響太に携帯で連絡をいれ、連絡なしで時間になっても来ないのは初めてだった。
「ま。たまにはそんな日もあるだろ」
(寝過ごしただけなのかもしれんし。それにたまには静かな朝もいいだろう)
そう考え、ぶらぶらと歩いていると、桜を見に入った公園が目に留まった。
「………………幻覚、だよな」
(幽霊………、ハ! ありえんありえん。それこそ街中でアイドルとばったり会ってしまうぐらい………)
少し肌寒く感じてきた自分を奮い立たせ、響太は首を振った。
「よ、寄り道厳禁! さっさと学校行こう」
雑念を振り切って学校へ急ごうとする。すると、
「みゃ〜」
「ん?」
「みゃ〜」
(子猫かな?)
鳴き声が聞こえる。響太は声のする方をそろりそろりと行ってみた。
すると公園の茂みの中から、子猫が現れた。
「みゅ〜」
「うわっ、すごくかわいい」
生後1ヶ月たってるかいないか、それぐらいの猫だった。
「変だな、母猫がいない」
もしや、と思って響太は猫を高く抱き上げた。
「みゅ」
「やっぱり」
体が大分汚れて衰弱していた。
「母猫に捨てられたな、こりゃ」
(もしくは餌取りに行ってる間に、事故にあって死んだか)
どちらにしろここに母猫が帰ってくることはないだろう、と響太は推測した。
「…………しゃーないか」
ほっとくわけにもいかない。これから学校だが、世話してくれる人もぱっと考えてみてもいないから、響太はとりあえず裏庭の隅の方で少し世話してみることにした。
「遅刻確定だな、こりゃ」
まあいい。後のことは後で考えよう。そう決定すると、響太は子猫を抱いて学校へ向かって走った。
「行くぞ猫吉!」
「みゅ〜」
猫の名前、フィーリングで決定。
学校の穴場。
といってもただの校舎裏だが、そこにとりあえず子猫を置いて、響太は購買へ走った。
ミルクがあったら買おうと思ったのだ。あと、カイロにタオルに段ボールがあれば完璧。
………と、その程度の物を買えればよかったのだが。
「なんで購買に子猫の育児セットが………」
「結構買いに来る人がいるのよ。あとはペディ●リーチャムとか色々置いてあるわよ」
よく見てみると、猫、犬、鳥、ウサギ、金魚、などなど。普段は良く見えない購買の奥には様々な動物たち用の餌や飼育道具が置いてあった。
「………さいですか」
響太はそれしか言えなかった。購買のおばちゃんはセンスが他人より少し違うのかも知れない。
「ま、何にせよ、いろいろ買えて良かった」
猫用ミルク、タオル、カイロ、を買い、ダンボールをもらい、小皿とお湯を借りた。
特に猫用ミルクは助かった。普通のミルクでは下痢する恐れがあるからだ。
(………懐が結構痛かったが、今週買う漫画を我慢すれば…………)
とにかく、猫のもとへ戻ると、みゅーみゅー言いながらも動かずに待っていた。
「さて………」
段ボールに入れて簡易ベッドのようなものを作り、子猫に猫用ミルクを与える。子猫は最初は戸惑ったが、すぐに飲み始め、おかわりを催促するようになった。
「ほっ、これなら大丈夫だな」
そして汚れていた子猫の体をお湯で濡らしたタオルで綺麗に拭くと、とりあえず簡易ベッドの中に戻した。
「いやー、命って大切だべ」
思わずそんなことをくっちゃべってしまうほど、この子猫はかわいかった。
「さて、もう大丈夫かな」
立ち上がると同時に、予鈴のチャイムが響いた。
「おお。ぎりぎり遅刻せずに済みそうだ」
これも日頃の行いが良いせいだな、とか言って響太は子猫を置いて教室へ急いだ。