マイラと子猫 3
ケインの場合、弟妹たちが生まれて二、三歳まではとにかく構いまくった。可愛がれば可愛がるほど盲目的に懐いてくるのでものすごく楽しかったのである。
だが少し大きくなると、妹らはおままごととかお人形ごっことかをし始めるので、そこからはちょっと疎遠になった。
弟や従兄弟たちとばかり遊び、妹達に拗ねられた覚えがある。
今もとりたてて話が合うという訳ではないが、妹というだけでやっぱり可愛い。
いずれ家長となるケインは、弟や妹を大事にするようにと両親からずっと言われ続けてきて、どれだけ年を取ろうと彼らは庇護の対象であり続けるのだろうと思っている。
一方のセルティスも同じように弟妹らを可愛がっていた。
気が向いた時だけ構うといった可愛がり方で、どこか猫っぽい感じはあるが、本当に弟妹らが困った時は何があっても手を差し伸べる気でいるようだ。
今回セルティスが妹君をわざわざサロンに誘ったのも、ここ最近、マイラ様の元気がなかったからだと聞いている。
お会いして喋った感じでは余り心配が要らない気がしたが、セルティスはどうも気にしているようだったので、その翌々日にはマイラ様の話し相手として妹のセイラを紹介した。
ケインの末妹のセイラはマイラ様より一つ年上で、明るく好奇心旺盛で、かつ面倒見のいい性格である。
マイラ様ともすぐに打ち解けたようで、また碧玉宮に遊びに行くと言っていた。
セイラを紹介した事でマイラ様に対する自分の役割も終わったなと思っていたケインだが、その後も何故か縁が続いた。
サロンに連れて行ったお礼にと、マイラ様から手作りのサシェが届けられたからである。
サシェは掌サイズで、白地の生地にバラの刺繍が施されていた。
刺繍がご趣味だと言われるだけあって、仕上がりは美しく、とても十やそこらの子どもが作ったものとは思えない。
中のポプリは碧玉宮で咲いたバラを乾燥させたものだそうで、ゆかしく薫るその香を楽しみながら、何かお返しすべきだろうかとケインは考え込んだ。
お気持ちは嬉しいが、ここまでの贈り物をされるほどの事を自分はしていない。
セルティスに頼まれてサロンに付き合っただけで、セルティスからは礼を言われたのでそれで十分だった。
何か返礼をした方がいいのかもしれないが、下手なものを返してはかえって不快に思われるだろう。
という事で丸一日悩んだ末、ある事を思いついたケインは翌日皇后宮に伺った。
「マイラ殿下に子猫を差し上げてよろしいでしょうか」
挨拶が終わるや、ケインから突然そんな風に話を切り出され、ヴィアは「え。猫?」と思わず首を傾げた。
「何故、急に猫なの?」
「先日セルティス殿下と三人でサロンを訪れた時、兄君が飼っておられた茶トラ猫の話になり、マイラ殿下が大層羨ましそうにされていたのです。
それに、ここ最近妹の元気がないとセルティス殿下が心配されていましたので、何かお心を慰めるようなものが良いかと思いまして」
ああ、なるほど……とヴィアは小さく頷いた。
ここ二、三か月前から、マイラの母君であるセクトゥール殿下が微熱やだるさを訴えられるようになっている。
多くの侍医に診せたが原因はわからず、結局は気のものではないかと診断された。
セクトゥール殿下が体調を崩された辺りからマイラの表情が翳るようになり、ヴィアも気にかけてはいたのだが、滋養があるものを取り寄せて碧玉宮に届けるくらいしかできる事がない。
だからこそセルティスはマイラの気分を変えてやりたくて、サロンに連れ出してやったのだ。
「そう言えば、ステファニア宮で猫を可愛がっているマイラを見た事があるわね」
普段は下女たちが世話をしているようだが、庭園に住み着いているその猫たちをマイラは確かに可愛がっていた。
セルティスも紫玉宮に閉じ込められていた時、茶トラを飼い始めて随分表情が明るくなった。
実際、あの茶トラ猫がいなかったら、セルティスは気鬱になっていたかもしれないのだ。
「考えた事もなかったけれど……。そうね、確かにマイラの気晴らしになる気がするわ」
「贈る前に、まず皇后陛下のご許可をいただけたらと。
動物は爪で引っ掻く事もありますし、人によっては動物を触る事で体調を崩す者もいると聞いた事がありますから」
セクトゥール様の侍医に聞いてからにした方が良さそうねとヴィアは思った。
マイラが喜ぶ事ならできるだけ許してやりたいが、飼うなら飼うで宮殿内での準備も必要だ。
「考えておくわ。返事はまた今度致しましょう」
という事で、その半月後、皇后からのお許しをいただいたケインは、子猫の入った籠を持ってマイラ殿下の住む碧玉宮を訪れていた。
因みに、籠に入っているのは生後二か月の茶トラ猫である。猫についていろいろ調べたところ、茶トラが一番人懐こいと聞き、カルセウス家の伝手を使って手に入れた。
ケージから出された子猫を見た途端、マイラは「うわあっ」と目を輝かせた。
なうなうと鳴くちっちゃな茶トラ猫にそっと手を伸ばし、警戒されていないのを確かめてからそっと大事そうに抱きあげる。
白く小さな指で頭を毛並みに沿って撫で、喉の辺りをくすぐってやる。
子猫は気持ち良さそうに目を細め、マイラのなすがままだ。
やがてマイラと子猫が遊び足りた頃を見計らってケインは穏やかに声を掛けた。
「どうぞお好きな名前を付けてやって下さい」
そうケインに言われたマイラは一生懸命考えた。
むむっと眉間に入った小皺が大層可愛らしい。
「じゃあ、茶トラ!」
その瞬間、血筋かよ! とケインは心で突っ込んだ。
今までセルティスのあの命名センスはツィティー妃譲りだと思っていたが、もしかすると皇家の血筋であったのだろうか。
だとすると皇帝陛下もこの命名センスなのかもしれないと、ケインは一瞬、失礼な事を考えた。
それはともかくとして、茶トラはないなと思ったケインはマイラ殿下を上手に誘導してみる事にした。
「殿下。実は茶トラという名前は、セルティス殿下が以前飼っておられた子猫につけていた名前なのです。
同じ名前では紛らわしいので、他の名前にしてみませんか」
「同じ名前なのですか。それはいけませんよね」
どうやら茶トラと言う命名は諦めてくれたようだ。
うんうんとケインが心の中で頷いていると、
「じゃあ、二号!」
ケインは思わず無言になった。
「……二号って何ですか?」
「茶トラ二号。でも長いから二号にしようと思って」
「…………」
もうどこから突っ込んでいいのかわからない。
あり得ないとケインは心の中で呟いたが、よく考えればこの子猫はマイラ様の飼い猫なのである。
命名権はマイラ様にあるのだから、好きな名前をおつけすれば良いのだとケインは考え直した。
「呼びやすくていい名前ですね」
茶トラ二号よりはシンプルでいいと思ったケインは、そう感想を述べておいた。
二号はマイラ様の腕の中で幸せそうに眠っている。マイラ様に可愛がられ、幸せな人生(猫生?)を送る事だろう。
さて、碧玉宮を退出したケインは、喉の奥に小骨が引っ掛かったような、釈然としない気持ちを持て余していた。
あの命名センスが本当に皇家の血によるものなのか、どうしても検証してみたくなったのである。
で、翌日、皇后陛下のところに伺った。
「マイラ殿下が子猫を『二号』と名付けられました」
ケインから報告を受けたヴィアは何とも言えない顔をした。
「二号? 何故二号なの?」
「最初『茶トラ』にしたいとおっしゃったのですが、セルティス殿下が飼われていた茶トラ猫の名前が『茶トラ』だったとお伝えすると、茶トラ二号、略して二号だとおっしゃいまして……」
「ああ、そういう事なのね……」
どこか遠い目をなさっている皇后陛下に、ケインは一歩踏み込んで尋ねてみた。
「因みに陛下が名前を付けられるとしたら、どのような名前になさいますか?」
「そうね……」
ヴィアはちょっと考え込んだ。
「『みゅう』かしら。セルティスに拾ってきた子猫もみゅうみゅうと鳴いて可愛いかったもの」
あっ私と同じ感性だ……とケインはちょっとほっとした。
だがそうなると、あの独特な命名センスは皇家由来という事となるのだろうか。
そんな事をつらつらとケインが考えていると、ヴィアがふと悪戯を思いついたようにケインに尋ねてきた。
「では、貴方ならどう? 貴方がつけるとしたらどんな名前にする?」
どうやら皇后陛下はケインのセンスを確かめたくなったらしい。
「……私なら、『琥珀』とつけますね。日に輝く柔らかく明るい毛並みは上品な琥珀のようでしたから」
「琥珀も良い名前ね」
ヴィアは合格とでも言うようににっこりと唇を綻ばせた。
その後も皇后と子猫の話で盛り上がったが、ケインにはもう一つ、陛下に伺っておきたい事があった。
「あの、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか……」
ヴィアが続けなさいというように頷いたので、ケインはゆっくりと口を開いた。
「子猫を拾って帰られたという事は、皇后陛下は犬より猫がお好きだという事なのでしょうか?」
問われたヴィアはしばらく無言になった。
「……拾って帰るのに、子猫の方が良かったのよ」
ややあって、ヴィアはようやく口を開いた。
「ほら、犬は時々恐ろしい病気を持っていると聞いた事があるの。
セルティスに危険な事はさせられなくて」
「……という事は?」
ヴィアは肩を竦めた。
「まあ、犬派ね。でもセルティスには内緒よ。何だかショックを受ける気がするの」
それは大ショックだろうとケインは思った。
別に猫好きでも犬好きでも構わないだろうとケインは思うのだが、大好きな姉上と好みが違っていたと知ったら、セルティスは確実にへこむ気がする。
という事で、答えを知ったケインは満足して帰って行ったが、その後ヴィアの方は何となくもやもやしていた。
セルティスのとマイラの命名センスが余りに独特であったため、その二人の兄であるアレク……自分の夫はどうなのだろうと思ったからだ。
「マイラの子猫ですけれど、名前は二号にしたのですって」
ヴィアからそう伝えられたアレクは、軽く頭を捻った。
「何故、二号なんだ?」
「茶トラ猫なので茶トラとつけたかったみたいですけど、以前セルティスが飼っていた猫の名前が茶トラでしたので」
「セルティスは茶トラと名付けていたのか。……わかりやすくていい名だな」
えっいい名なの? とヴィアは目を剥いた。
セルティスが茶トラと名付けた時はびっくりしたけど、まあ、小さいからそのまんまつけたのねくらいしか思っていなかった。
でもマイラもアレクもそのセンス。
そう言えばロマリスも以前、かっこいい名だねと言っていた……。
この四人ってやっぱり血を分けた兄弟なのねとしみじみ思い知ったヴィアである。
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