アルフとルー
その後ルーと相談してスキルの割り振りを行ってから、僕たちは元の世界に戻ってきたんだ。
ルーは新たに手にいれた力に大興奮の様子で、右手を突き上げたり、両手を広げたりしては大ジャンプを繰り返していた。
「ヌわーーーーーーーーー!!」
ぴょーーーーん
「おっほほーーーイ!!!」
びよーーーーーーーーーーーーーーーん
「たーーーーーーーーーーーーまんナイの、ダぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「す、すごい……」
レベルとスキルの恩恵を受けたルーは、とても信じられないような進化を遂げていて……
垂直跳びは木々の高さを通り越すし、反復横跳びは完全に3体にしか見えないし、素振りをすればつむじ風が舞ったり。もう、なんて言うか無茶苦茶だった。
「アーッハッハッハ!」
ズドォン!
物凄い高さから大の字で落ちても、勿論なんともない。
「ナー! ナー! ルー、滝の方に遊びにいってきていいカー?」
「い、いいけど。あんまり遅くならないでね……僕1人で帰れないし……」
「わかっター! 暗くなる前には帰るのダー!」
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!
言うが早いか、凄まじいスピードでルーは森の中に消えてしまう。
僕は少々あっけにとられたまま、村の探索を再開する事にした。
木の皮を編んで作った籠や、おそらくまな板に使われていたと思われる平らな石。
人が生活していた痕跡はそこかしこにあったけど、残念ながら書物の類は見つける事が出来なかった。
目をひかれたのは2箇所。1つはゴミ捨て場らしき大きな穴で。大小の様々な動物の骨、割れた陶器、風化しかけたカニの殻。
そして……その中に混じって鉄で出来た足枷のようなものが混じっていた。
もう1つは村から少し離れたところにあった。今は草が生えているけど、明らかに整地された跡がある。
そして。丸い臼のような形をした土台の石に、やや小ぶりな平べったい石、その上に丸い石と言う3段積みのなにか。
一番上の石には猫の耳のような三角の突起があり、かなり手間をかけて加工された事が伺える。
大きさは若干異なるけど、それと同じ形式の石積みが何十本も並んでいた。きっと、物凄く大切な意味があるんだと思う。
石には村の中で見かけたのと似たような文様が施されていたが、僕には何を示しているのかわからなかった。
……正直、もっと真剣に探索すれば何か見つかったのかもしれない。
ただ、きっと僕はこの時他の事を考えていて、すこし上の空だったんだろう。
村の周辺で探索を続けていると、やがて夕日が落ちてきてルーが帰ってきた。
洞窟に戻って焼き魚とキコの実を食べ終え、焚火を見つめながら座り込む。
ルーはとても嬉しそうに今日の出来事を話してくれた。
「あんナー。ルーすごいんダー。滝をバッシャーってやってナ。飛び散った水をバシバシバシーってやってナ」
「うんうん」
「そんでナー。スキルも凄いんダー。後ろからスーって近づくとみんなムチャクチャびっくりするんだゾー!」
「ふふ。あんまりいじめちゃダメだよ」
「そんでナ、そんでナ…………アルフ?」
「ん?」
ルーが立ち上がって僕の顔を覗き込んでくる。心配そうな顔。
「ど、どうしたの……?」
なにも……悪い事なんかしていないのに声が震える。
「アルフ、どうした? お腹痛いのカ?」
「なんでも……ないよ……」
こんな状況で目をそらしたら「構ってくれ」って言わんばかりじゃないか。
どうして僕は口みたいに嘘をつく練習を、目には積んでこなかったんだろう。
「ナんでもなくナいだロ。話してくレ。ルーはここにいルゾ」
ルーがそっと、僕の顔に手を添える。
助けを求めたい……何もかも忘れて赤ん坊のように。
でもダメだ。僕はこの子に何も返してあげられない。ただでさえ命の恩人なのに。
「……………………」
唇が震える。固まったままで何も言えない僕。
「何もしない」と言う事がどんなに罪深い事か、あんなに現実を叩きつけられても、なお。
だけど、嘘をつくのが下手糞な僕の目は、助けを求めてしまったんだろう。
ルーは賢くて……そして、凄く優しい子だ。
その時その時で何をしたらいいのか。僕なんかよりとってもよくわかってる。
ルーの顔が近づいてきて目を閉じた。
ペロッ
頬に濡れた、柔らかな感触。鳥肌の立つ臨場感。
たったそれだけで、紙みたいな心の壁がヘナヘナになって意味をもたなくなる。
ペロッペロペロッ
頬を撫でる感触が優しくて。優しくて。涙があふれてきてしまう。
やがて、ルーが顔を離してこう言った。
「チガウ…………そうカ、アルフはルーの顔舐めないもんナ」
ルーが僕の瞳を見つめる。
「ルーはナ。血が出た時ペロペロして治すんダ。でも、アルフの涙はそれじゃトめられナイ」
心の壁の中にいたのは赤ん坊みたいな僕だった。何も出来ずに、ただ泣いているだけの。
ルーはそこに真っ直ぐに入り込んできてしまう。あまりにも真っ直ぐ。あまりにも純粋に。
「オしえてくレ、アルフ。ニンゲンのナミダはどうやって治すんダ?!」
「うっ……! ぐっ…………!」
こらえきれなくなって嗚咽が漏れる。
なにか説明しないといけないのに、ちゃんと言葉にならない。
「僕は……大好きな人がいて……でも、でも。僕が、弱いから……」
それでもルーは決して急かさずに、無視もせずに。ただ僕を見つめながら耳を傾けてくれた。
まるで僕の痛みを分かち合おうとするかのように。
「そうカ……じゃア、アルフはどうしたイんダ?」
ルーが投げかけた問いは、僕が逃げてきた答えだ。
ルーの力を借りればガイを倒してもらう事は出来るだろう。でも、それでどうなる?
違う、僕は、僕はずっと
「な”り”だい……づよぐ。づよぐな”り”だい…………!!!」
腹の底から後悔の念が漏れる。今までどれだけ諦めの蓋をしてきたんだろう。
嗚咽はとめどなく流れる。どんなに蓋をして忘れたフリをしても、きっとこの気持ちは消えてくれはしないんだろう。
キュッ
後ろに手をまわして、僕の頭が抱きかかえられる。
「そうカ……じゃア、いっしょにイこう?」
頭に柔らかな感触。僕は溺れる罪人みたいに、少女の体にしがみついた。
「アルフと一緒でルーはツヨくなっタ。ルーと一緒にイけば、アルフはツヨくなル」
ルーは優しくて。そして、時々我慢強い子だ。
僕が落ち着くまで、彼女はずっとずっと頭を撫でてくれていた。