亜人達の行方
「かつて、この地には様々な亜人達がおった。エルフ。ドワーフ。リザードマン。そして獣人……奴らは時に手を取り、時に争い。そうした中で独自の文化を保ちながらこの地に根付いておった。
だが、世界のバランスは崩れてしまう。異世界の勇者の子孫たちを旗頭に、人族はこの大陸の全土を手中に収めてしまった」
レベルアップの恩恵も、無限に恩恵を受けられる訳じゃない。大体の人は10~20くらいの間で必要な経験値が膨大になってしまい、成長が止まってしまう。
ただ、それでもレベルアップの恩恵を全く受けられない人達が相手ならほとんど勝負にならないだろう。
「比較的人族と容姿の似ておったエルフ達。ウッドエルフやダークエルフ達は人族の子を産まされ、次第に取り込まれていった。だが、元々エルフは長寿な代わりに数が少なかった。彼らは文化ごと次第に吸収され、今ではその痕跡もほとんど残っておらん」
そういっておじいさんは自分の耳をちょんちょん、と指で叩いた。よく見ると先が少し尖ってる気がする。この人は少しだけエルフの血が濃いのだろうか?
「悲惨だったのが獣人とリザードマンじゃ。特にリザードマンは元々嫌われておったからの……彼らは奴隷として苛酷な労働を課され、次第に数を減らしていった。まぁここまでは戦争に負けた人族の少数民族でもよくある話じゃ。じゃが、ここでアドモールの連中が一枚噛んできおった」
彫りの深い、シワの刻まれた顔の奥からギラリと眼光が光る。その瞳は静かな怒りを湛えているようだった……
「やがて獣人とリザードマンは数を減らし、絶滅の危機が危ぶまれるようになった。自然と保護活動を提唱する者も出てくる。その頃には本物の亜人を見た事が無いものも多くなっておったらしい。亜人達は実在の存在から物語の登場人物となり、そして……ある日突然、アドモールは教会と結託して残された彼らをモンスターと断定、虐殺が始まった」
「うそ!?」
「なんでそんな事を!?」
僕たちは驚いて立ち上がった。横を見るとシモンさんも驚いている。
「人は……珍しいものには金を払う。大陸中から亜人を一掃したやつらは、ある島に最後の亜人達を隔離。完全に自分達の手中に収め……剥製にして売り始めたんじゃ」
「…………」
事実だとしたら酷すぎる……正気じゃないと言っても良い。
もしそんな事が出来るとしたら。きっと、人の痛みがわからない人なんだろうな……
「じゃが、幸か不幸かやつらの計画は頓挫する事になる。異世界の勇者が来るより以前の、古き神の怒りを買ったのじゃ。島は一夜にして沈んだ。中にいた住民ごと……」
「それが、亜人達の最期……」
おじいさんは目を閉じて頷いた。
「………………」
僕たちはしばらくの間。誰も言葉を発する事が出来なかった。
フィーネの目に光るものが浮かび、ルーも怪訝な表情をしている。
「あの、ルーは……ルーは、獣人なんでしょうか?」
おじいさんはルーを白いヒゲをさすって、ルーをまじまじと見つめた。
「いや、獣人……ではないな。ワシも生きている獣人を見た訳ではないが、姿が違い過ぎる。おぬし、この子をどこから連れてきたのじゃ?」
僕は大森林のかなり奥の方でルーと出会った事。そして、洞窟の近くで見つけた集落の跡の事について話したんだ。そして……
-------------------------
「いやー、ハッハッハ! こりゃ凄いわ! 冥土の土産に良いもんが見れたのう」
「縁起でもない事を言わないでください!」
今、僕たちは大森林の中を突っ切っている。おじいさんはルーの背中におぶってもらって大はしゃぎだった。
僕とフィーネはと言うと、おじいさんからとても珍しい呪文書をもらって、召喚したゴーストホースに乗っている。
通常ならとても馬で進めるような場所じゃないんだけど、ゴーストホースは絡みつく草を振り切り、凄い精度で自分で木を避けながら進んでくれたんだ。
それはいいんだけど……
ギュウウ
フィーネの腕は僕のお腹にしっかりとまわされている……な、なんか近い。
「ね、ねぇフィーネ? フィーネの方が馬術上手いんだから、僕が後ろの方が……」
「イヤ」
彼女は何故か、頑なに手綱を握る事を拒否したんだ。
クゥルー コッコッコッコッコ
そうやってどれほど進んだだろうか。木々の密集した暗い場所、少し開けた明るい場所。川、滝。
森の奥へ奥へとどんどん進んでいく中で、フィーネがぽつりと言った。
「ねぇ……リドに会ったのよね?」
「……うん」
昨日の事はなんだか伝えにくかった。僕はガイがまだ生きていて、でもやっぱり次会っても敵になってしまいそうだと告げた。
そして……リドは手足を失って宮殿にいるとだけ伝えた。
「私……アイツがそんな目にあったって聞いて。どんな顔して会いに行けばいいかわからないの……」
フィーネが僕の背中に顔を埋もれさせて、腕に力を込める。
彼女は珍しく戸惑っていた。でも僕は昨日の事を思い出して
「……なんでもいいんじゃないかな? どうせどんな顔していったってケチョンケチョンにバカにされるよ」
状況が変化しても結局リドはリドだった。根っこの部分は強いんだよアイツは。
「……フフッ。そうかもしれないわね。ホント、憎まれ口の減らないやつ」
「本人は「なんにも出来なくなっちゃった」って言ってたけど……今でもあいつは僕を困らせる天才だよ」
「フフ」
「アハハハハ」
景色はどんどん流れていく。ゴーストホースはデコボコな地面をまるで感じさせず、まるで流れるように走っていった。
少し開けた場所に出て、スピードが乗る。風の音がバタバタとする中で、フィーネが耳元で叫んだ。
「ねぇ!」
「なーにー?」
「私も! デート1回! 湖でボートが良いな。それで浮気の件は許してあげる!」
「え、ちょっ!?」
浮気ってなに!? って言うか今デートって!
「いいから! はいかYESで答えて!」
あぁ、もう。リドが変な事言うからフィーネまでおかしくなっちゃったじゃないか。
「は、はい……」
「よーしよし。アンタのそういうところ好きよ」
突然、フィーネが首元に頬を擦り付けてくる。彼女のしなやかで柔らかい肌がうなじにあたる。
「…………負けないんだから♪」
フィーネの謎の呟きを残して、僕たちは森の中を駆けていった……
(補足)
シモンさんはオシムさんに頼まれて、アドモールが街で妙な動きをしていないか衛兵達の指揮を取りに戻りました。
集落の場所に関しては。ルーの記憶を頼りに、幻惑魔法の千里眼を発動させて特定しています。




