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顔合わせ

(アルフ視点)


 事件の四日後。僕は宮殿の応接室に呼び出されていた。

 物凄く大切なお客様が来るので同席して欲しいと、首長に頼まれたんだ。

 僕と首長は立ったままでお客様をお待ちしている。ルーは直接床にお座りの姿勢で待機してる。


「…………」


 首長はさっきから物凄くソワソワしていて落ち着きがない。

 イヤだなぁ。もうちょっと落ち着いてくれないとこっちまで気が滅入っちゃうよ。


 でも。ちょっと前までこの人だって物凄く雲の上の人だったんだよな……

 本来なら僕みたいな一般冒険者が簡単に謁見出来るような人じゃないんだ。

 その首長が謁見の間で玉座に座って待つ事を許されない相手。


 ……相手はある意味で皇帝よりも大きな権力を持った人らしい。

 世界の経済を裏から操る古い金貸しの一族。秘密結社アドモール、その最高指導者。

 ふふ。なんの事なのかさっぱりわからないよね。

 シモンさんが言うには大陸中に流れる商品の物価、そして貨幣の価値を決めているのがその人達なんだって。


 シモンさんは二日前の事件の時、犯人はそのアドモールの人じゃないかと言った。

 証拠はあがらなかったそうだけど、シモンさんがいうなら多分そうなんじゃないかなって僕も漠然と思ってる。

 組織の生い立ちについて簡単に説明したくれたあとで、彼は最後にこうつけ加えた。


「いいか、アルフ。高い税金を搾り取るだけの奴らならそこまで大した事はないんだ。ぶっ殺せばすぐに新しい頭が生えてくるからな。だが、もしアドモールが突如大陸から消えれば恐ろしい数の失業者が出る。奴らは金を使って金を吸い上げる膿でありながら、誰もが連中無しでは生活できない。本当に恐ろしい毒ってのは一度体内に入っちまうと、それ無しじゃ生きていけなくなるんだよ」


 そして今、シモンさんはここにはいない。

 相手の人が僕とルーを名指しで指名して、それ以外は遠慮して欲しいと申し出てきたらしいんだ。

 そりゃそんな偉い人に言われたら断れないよね……

 ただ、正直僕もルーも交渉事とかに向いてる人材じゃない。首長さんもなんだか頼りないしシモンさんに同席して欲しかったのが正直なところだ。

 せめてフィーネだけでもいてくれたら全然気持ちが楽になるんだけどなぁ。

 彼女は頭はそう良い訳じゃないんだけど、いつも僕の気持ちを凄く汲み取ってくれて…… 嫌な事があったら代わりにズバっと言ってくれるし、凄く頼りになるし本当に良い奴なんだ。

 


コン コン


「失礼する」


 来た。

 ドアがノックされて黒いローブを来た男の人が1人で入ってくる。


 え、この人が今日のお客さん?

 なんかもっと召使いの人とかたくさん連れて来るものだと思ってたから意外だ。

 たしかにローブの布の質感は物凄く上等なものを感じさせる。

 でも左手には革張りの大き目の鞄。右手には布袋なんか持ってて、まるで旅人みたいだ。


「こんな辺境の地までようこそおいでくださいましたキャモラン様。言って頂けましたらこちらからお伺いさせて頂きましたのに」


「いや、用があるのはこちらの方なのでね。どうか楽にして頂きたい」


 お客さんは凄く普通の話し方で僕たちに着席を促してきた。あんまり偉くなると一周回って普通になるんだろうか?

 そして彼は興味深げにルーの方をじっと見つめていた。ルーは僕たちのやり取りに一切の関心を見せず、お座りの姿勢のまま尻尾を振って明後日の方向を向いてる。

 勿論来客の応対としては失礼にあたると思うよ。でも首長はルーの事をペット枠か何かで考える事にしたのか、ルーのマナーについて口出ししてこなかったんだ。

 意図してたかどうかはわからないけど、賢明な判断だったと思ったね。だって。こんなに機嫌悪そうなルー、初めて見るんだもん……




「申し遅れました。僕がアルフです。えっと、ごめんなさい、ルーちょっと今日は機嫌が悪いみたいで。よろしければ僕とバルガス首長が代わりにお話させていただきたいと思うのですが」


「あぁ。そうしてくれると助かるよ。私はリディックと言うものだ。さて、いくつか話したい事があるんだが……バルガス首長」


「はっ!」


「先日のドラゴン襲撃から街を防衛した手腕。実に見事な手腕だったと評価している。また、再三の救援要請に関して対応が遅れてしまった事をすまなく思う。帝国にも話を通してはいるが、組織が肥大化し過ぎていて迅速な対応が出来ないのだ。

 だがもう心配は要らないよ。我々と協力関係にある各地の魔術師教会に召集をかけた。特に遠距離戦に秀でた者たちがこの地に集結する事になっている。

 また、今回の災害により村を放棄した者、街に避難してきた者達も大勢いることだろう。彼らの帰還支援や市街の衛生状態の復旧、その他さまざまな経済的負担に関して商会を通じて全力で支援させていただく事を約束しよう」


 それを聞いて、首長はまるで初めてのおつかいを褒められた子供みたいに破顔した。

 正直、このお客さんの地位が僕にはちょっと実感わきにくいんだよなぁ。

 かと言って皇帝がこんな応接室で会話してたらおかしすぎるし……まぁいいか。


「はっ! もったいなきお言葉! 感謝のしようもありません!」


「そんな訳でアルフ君。今後のドラゴン対策については我々にどうか任せていただきたい。それで、ルーちゃんの事だが……」


 リディックさんがチラリとルーに一瞬だけ視線を向ける。僕は……向ける必要がないな。尻尾を振って手の甲をずっとペロペロしてるのが凄い伝わってくる。胃が痛い。



「さて、どこから話したものかな……君は彼女の事をどこまで知っている?」


「えぇっと……」


 ちょっと答えづらい質問だな。一瞬返答に困ると、リディックさんはすぐに質問をひっこめた。


「すまない。質問の範囲が絞られていなかったね。ではまずこちらの要望を先に伝えさせてもらおう。そのあとで君の方からも聞きたい事を聞いてもらって。返事は一番最後で構わないから今から話す事をよく聞いて欲しい」


「はい」


「気付いていると思うが彼女は普通の人間ではない。彼女は獣人族の生き残りだ。とても希少な……ね。彼女の戦力が今この街にとってどれほど大きな存在であるか。それは簡単に言葉では言い表せない大きなものだろう。だが彼女を危険に晒すという事は、種の多様性にとってとても大きな損失なのだよ」


「…………」


 それは……まぁ、そうかもしれないけど……え? で、結局なに?

 僕は言葉に出さずに目線……と言うか顔色で返答してしまったらしい。

 雲上の人に対して失礼かもしれなかったけど、そもそも僕がこんな場所にいるのが不釣り合いなんだからしょうがないよね。


「単刀直入に言おう。君たちをどこか安全な場所で保護したい。その際ルーちゃんが望むなら君や、その関係者にも一緒に支援させてもらいたいと思っている。こう言ってはなんだが、それなりの待遇を期待してもらって構わない。組織においても、また帝国においても。この地に獣人を復活させる事の重大さは私が責任をもって理解させてみせよう。ところで……」


 リディックさんは両手を組んで少しだけ机の前に身を乗り出してきた。


「ルーちゃんとはどこで知り合ったのかな? 他に、仲間や親族のような人達はいるのだろうか?」


「それは…………」


 答えにくい……大森林のど真ん中で地図上の座標なんてさっぱりわからない。あの、洞窟の近くにあった村の跡の事だけでも話すべきだろうか?

 ただ、正直さぁ……この人どこまで信用していいの? 今のところ悪い話ではないみたいなんだけど……

 僕は少しだけ考えてる事を顔に出……すまでもなく、全部筒抜けだったみたい。リディックさんは無言で頷いてくれた。

 察しが良くて助かるけどなんかこれはこれで恐いな……



「二日前の件だが……彼は確かにうちの構成員で間違いない。まず、不快な思いをさせてしまった事を心からお詫びしよう。だが、どうか信じて欲しい。私を含む上層部には、君たちに危害を加えようとする意思など決してなかったと言う事を」


 リディックさんはそう言って、床に置いておいた布袋と、革張りの鞄を上にあげた。


「ドラゴンを撃退した冒険者ともなれば、相応の注目を集める事はどうかご理解願いたい。だが事はそれだけではなかった。組織の中に君達に対して敵意のある者がいたのだ。私はそれを突き止め。作戦の責任者、および元凶となった人物を処断した」


 布袋の包みが広げられる……


「げっ!?」


「こ、これは!」


 僕と首長が悲鳴じみた声をあげる。なんだこれ? 人間なのか?

 頭に毛は生えておらず、溶けだした肉塊のようなブヨブヨの塊。

 だが、かろうじて見える目と鼻が、これが人間の生首である事を示している。

 それにしても……口のまわりがグチャグチャになっていて、なんて苦しそうな顔をしているんだ……


「これが我々の誠意だ。誓って言うが、組織は君達に対して友好的な存在で在り続けたいと思っている。また、今後も君達に対して危害を加えようとするものがあれば、責任をもって私が処罰しよう」


 そして、リディックさんは革張りの鞄を開けた。

 中に入っていたのは女性。胸のふくらみが女性である事を示している。それに気付いて僕は視線を下げるのを止めた。


「モ……ォ……プハッ! ……ハー、ハー」


 頭に被せられた麻袋が外され、口につけた金属製の猿轡が取り外される。

 闇を湛えた上目遣いのジト目。三角形のギザギザの歯が並んだ不敵な笑み。だが、その表情はひどくひきつっていた。


「アルフ……みっともないとこ……見られちゃったデスね……」


 額に汗をべっとりと貼り付けて、息も絶え絶えに彼女は言った。


 リドは……


 両手と両足を切断された状態で鞄の中に入れられていたんだ……

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