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秘密結社アドモール

 世界の経済を裏から操る古い金貸しの一族。秘密結社アドモール。

 そのハイガーデン支部は、北西部最大の都市であるグリーンヒルではなく、港町シアンにある。

 理由は単純。こちらの方が外部と連絡をとるのに交通の便が良いからだ。


 そこにある偽装された商会(と、言っても実際に営業しているのだが)の本部。そこの一室に、結社のハイガーデン統括支部長であるサモスはいた。


 床には虎の毛皮。壁には鹿のはく製。狼、熊。

 部屋の中には自らの財力を見せつけるかのように、これでもかと生命の残滓が飾られている。

 だが、はく製のいくつかは目が少し飛び出た状態で塗り固められており、苦悶を想像させるその様相はお世辞にもセンスが良いとは言えなかった。


「……なるほど。にわかには信じられない事ですが……他ならぬあなたの報告です」


 「顔無し」がしくじった。しかも警告を示す紫の狼煙をあげて。

 報告を受けてサモスはその脂ぎった巨体を革張りの椅子に沈めこんだ。

 巨大な肉塊のような彼の体に合わせて特注で作られたそれは、もはや椅子と呼ぶべきかソファと呼ぶべきか判別がつかない。


「……こんなのなにかの間違いデス。今回はたまたま失敗しましたが、次こそは……」


「リド」


 このままでは計画は立ち消えになってしまう。あの奇妙な少女を襲わせれば、必ずアルフを巻き添えに出来るはずなのに。

 リドは苦しい説得を試みようとするが、サモスの一言で簡単に遮られてしまう。言うまでもなく、この部屋にいる2人の関係は対等ではない。


「私はこのハイガーデン地方にいる全ての構成員の長、と言う立場になります。ですが、だからと言って何もかもを私の裁量で決められる訳ではありません。予算を立てたならば、必ずその見返りを示す。でなければ私はすぐにでも信用を失ってしまいます」


「…………」


 リドは目線を合わす事が出来ない。が、サモスはそれを気にする事なく続けた。


「私は「失われた獣人の手がかりになる」と言う事で予算を成立させました。ですが……」


ゴトッ パラパラパラ


 サモスは机の上で本を開き、あるページを指し示すと、上下を逆さまにして前に突き出した。


「これは……なんデス……?」


 本には挿絵。そしてたくさんの矢印と注釈があった。

 描かれているのは何とも奇妙な生き物だ。

 全身が獣のように毛がふさふさで、首の上に乗った頭はネコそのもの。

 だと言うのに骨格は二足歩行の……と、言うより完全に人間のそれに近い。


「獣人ですよ……ただし本物のね」


 これが……? リドは困惑した。どう見てもルーの形状とは違い過ぎる。


「私自身。その尻尾の生えた少女の正体がなんなのか、確信はありません。混血か、亜種か……と言う疑いはありますが。ですが、それらの不明瞭な情報は一度置いておいて、彼女は顔無しを撃退しました。それは事実です」


 サモスは一度肩をすくめてからからリドを見つめた。首が肉に埋まっているのですくめたと言っていいのかわからないが……


「彼女がレベル1のままではそんな事は不可能。つまり、彼女は異世界の勇者の恩恵を受けています。いいですか、私達が最も望む成果とは、この地に獣人を再び繁殖させる事です。人語を解し、人の仕事を代わってくれて……レベルアップの恩恵を受けられない、私達より下等な御しやすい存在。決して強大な化け物など望んではいません」


 この流れはまずい。リドは口を開こうとしたが、サモスが人差し指を横に振った。


「勿論、希少な存在である事に違いはありませんよ。ですが獣耳と尻尾の生えたただの人間では……ただの病的、あるいは魔導的な突然変異の範疇で片づけられてしまいます。これなら、まだ喋るクマやライオンの方が高く売れるでしょうね。とても顔無しより更に上の戦力を引っ張ってこれるような予算は降りません。

 加えてドラゴンの角のかけらも回収困難……で、あれば最早彼女に予算をかける理由はただ一つ。彼女の両親はどこにいるのか。……今後の作戦は当初に帰って平和的な聞き込みを中心に進められるでしょうね。安上りですから」


「そんなっ!」


 サモスの話は組織の事を考えればもっともな意見だ。だが、そんなやり方ではリドにとっては何の意味もない。


「リド。あなたの私怨については十分に理解しているつもりです。なにせ私は最初、強襲まがいの事には反対の立場だったのですから。わかってくれていますよね? 私がどれだけあなたの事を気にかけてあげているかを……」


 グッフッフ、とサモスがいやらしく笑う。その辺の年相応の娘であれば、視線を受けただけで身震いをしたであろう。

 もっとも、初体験を実の父親に奪われて以来。数々の辛酸を舐めてきたリドにとっては、今更どうと言う事もなかったが……


「…………」


 さて、ここからどうしようか。最悪組織に頼らずに自らが動く事も視野に入れて考えを巡らしていると……


コンッ。コンッ。


 っと、ドアがノックされた。


 決して大きく乱暴な音ではなかったが、否応なしに注意をひかれずにはいかない不思議な音色。

 それにしても一体何者だというのだ。ここはアドモールの支部長室だぞ? 伝令が急報を告げる時の様式でもない。

 リドは扉の方を振り返っていたため、サモスの表情に気付かなかった。彼のブヨブヨにたるんだ顔が凍り付いていた事に……


「失礼する」


 入ってきたのは全身を真っ黒なローブで覆った男……おそらく男だろう。フードを深く被っていて頬から上が見えない。


モサァッ


 奇妙な音がしてリドは部屋の奥に向き直って驚愕した。あのサモスが立ち上がっていたのだ。

 もしかすると初めて見る光景かもしれない。だが、サモスが口に出した言葉によって更に度肝を抜かれる事になる。


「こ、これはこれは。キャモラン様。ようこそおいでくださいました……」


 キャモラン!? こいつがリディック・キャモランか。

 リドの全身の毛が逆立つ。アドモールの指導者である5人の大幹部の筆頭。事実上の最高権力者である。


「先ほど君達が話していた件だが……」


 脂汗を滝のように流すサモスの様子にまるで興味を示さず、リディックは言を続けた。


「件の獣人もどきは組織にとって非常に重要な案件であると判断された。対象との接触は極めて慎重、かつ平和的に行わなければならない」


 リドの背中を冷たい汗が流れ落ちる。なぜこのような事になっているのかはわからないが、とにかくこの場はまずい。


「も、勿論でございます! 私は当初から……ひぶぅっ!?」


 リディックが右手を前に突き出して手を握ると、サモスの顔が圧縮されるように潰されていく。

 神秘魔法……! これが失われたハイエルフの秘法なのか!?

 リドは逃げ出したい一心に駆られていたが、一歩でも動けば間違いなく殺される。



「なぜ私に報告しなかった?」


「お、恐れながら! 例のドラゴンバスターは繁殖可能な純粋の獣人ではないと判断され。大幹部様にご報告申し上げるほどのことでは……こ、ことでゅはぁ!」


 グチャリ。とアゴを潰されてサモスはもうそれ以上喋る事が出来なかった。

 ローブの男がゆっくりと振り返り、フードの影から眼光がリドを捉えた……


「さて……ドラゴンバスターはドラゴンの角の力を吸収した。間違いないのだね?」


 返事をしなければ殺される。

 リドは体の震えを必死に抑えて返答した。


「は、はい。クセルの街で角を飲み込んだところを複数の住民に目撃されてますデス。また、グリーンヒルでの聞き込み調査により、シモン・ハズバンドがそう結論づけたと聞いておりま……ヒッ!?」


 リドがこれまで生死の境を潜り抜けてきた回数は10や20では効かない。

 最悪な反応だと言う事くらいは百も承知だ。それでも彼女は悲鳴を抑える事が出来なかった。

 フードの中身の顔が、ピエロの能面のようなおぞましい笑みを浮かべていたから……


「そうか……誤解を解くための話し合いが必要なようだ。一緒に来てくれるかな」


 リディックがフードを外す。その耳は長く尖っていた…… 

次回(明日)リドがちょっと酷い目に合います。苦手な方はご注意を。

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