アルフの魔法
「えぇぇえぇぇっ!?」
顔無しが作戦失敗の狼煙をあげたのと同時刻。
アルフ達の家に激震が走っていた。
「そ、そんな……ウソですよねフィーネちゃん?」
信じられない。信じたくない。その一心でエミリーは擦れた声を絞り出す。
「本当の……事よ……」
悲壮な表情を浮かべるエミリーを前に、フィーネは気まずそうに視線を逸らした。
仕方のない事だ、と彼女は言う。それぞれにそれぞれの家の事情があり、誰もが過去の延長線上にいるのだからと。
「ダメェ! フィーネちゃん。今ならまだ間に合います。私も力になりますから!」
「……エミリー、気持ちは嬉しいけど、でも……」
「絶対ダメですって! そんな……アルフ君に自分の下着洗わせたりしたら!!」
「いや、だって……めんどくさいじゃない。別々に分けて洗うの」
「ダメですダメですぅ! 女の子の一番大事な武器ですよ!? 誰が昨日自分が洗った下着見て喜ぶんですか?」
「いや、だからいけそうな雰囲気の時にはちゃんと新品の可愛いやつを……」
「ダメですってぇ! いいですか!? 感動の再会シーンで何も発展しなかったのに、そんな自分の都合よく事が運ぶ訳ないじゃないですか! もう偶然の成り行きに期待するしかないんですよ!?」
エミリーは机をバンバンと叩いて抗議した。
フィーネはサツマイモの薄切りを油で揚げたものをつまむ。
絶妙な火加減で揚げられたアルフお手製のサツマイモチップスは、見事な狐色をしてほんのりと甘い香りを漂わせていた。
ポリポリポリポリ
「でもね、聞いてエミリー。これにはどうしても深い訳があるのよ」
エミリーもなんだか長い話になりそうな予感がしてサツマイモチップスをつまむ。
エミリーは思った。「これも美味いな!」と……
ポリポリポリポリ
「アイツさ。お父さんが早くに亡くなっちゃったの。で、叔母さん……つまり、あいつのお母さんも体弱くてさ。結構うちで預かる事が多かったのよ」
ポリポリポリポリ
「それでね? あいつ気使って「なにか手伝う事ありますか?」って言ってちょろちょろちょろちょろするのよ。そんで、お母さんと段々仲良くなってってさ……けど、私自身は実家暮らしな訳じゃない? そうすると……だらけちゃうのよ。どうしてもね……」
ポリポリポリポリ
ゴクゴクッ。プハァッ。
キンキンキンキンキン!
「で、でも。そんなのって……(これ美味しいなぁ)」
ポリポリポリポリ
「私もね。良いか悪いかで言えば良くない事だとは思う。でも、世の中は正義と悪だけじゃ割り切れないのよ。あなたが私の立場になったらどうするかで考えてみて? だらけちゃうでしょ? 実家帰ったら……」
「う、それは……」
ポリポリポリポリ
なおもエミリーは食い下がろうとして言い淀んでしまった。
現に自分自身も何度か家事の手伝いを申し出た。が、そのことごとくを「いいからいいから」と言って笑顔で肩を押されてしまったのだ。
そして今も気付けばフィーネと一緒にお茶をしている。圧倒的……圧倒的「実家」感!
これこそがアルフマジック……
戦闘の才に恵まれなかった少年が身に着けた、ついついなんでも任せそうになってしまう女子をダメにする魔法。
その見えない強制力の前に、エミリーもまた飲み込まれそうになっていたその時……
バァン!
「大変ダ! 大変ダー!」
勢いよく扉が開かれてルーが転がり込んでくる。
「ちょっとルー。家に帰ったらまずただいまをして手を……っ!? って、ルー!? あなた血がついてるじゃない!!」
顔無しの返り血を、ルーの出血と勘違いしたフィーネが顔を青くする。
「大変! す、すぐお湯とタオル持ってきます! アルフ君! アルフ君。ちょっと来てください!」
同じくエミリーが地下の錬金ラボで作業中のアルフを呼び出す。
「なーにー?」
「大変ダー! ロリコンが爆発したのダ!」
「え? ごめん、何言ってるかちょっとわからないんだけど」
と、そこへ遅れてシモンがやってくる。ぜぇぜぇと肩で息をして辛そうだ。
「ちょ、ちょっと速……速すぎ……っかー! ショックだわ~。マジで歳だなぁ俺も……」
シモンは冷えたレモネードを一杯もらうと「わりぃ」と断ってから事の顛末を説明しだした……
キンキンキンキンキン!




