表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/41

少年と竜

「お願いします。フィーネに……フィーネに一目だけでも会わせてくれませんか?」


 あの後、僕はなんでもするから許してくれとガイに頼み込んだ。

 でも、彼らは「もうお前には何の価値もない」と言ってどこかに行ってしまった。


 僕はフィーネの売られた商館を訪ねたんだけど、アゴの割れたムキムキのおじさんに追い返されてしまった。


「だから何度も言うけどダメだってば。うちは金貨何十枚って言う高級な奴隷を扱ってる店なの。セキュリティにも気を使ってるからお客さんじゃない人は通せないわ」


 僕の所持金は全部合わせても金貨一枚にも満たない。どう見てもお客さんと言える立場じゃなかった。


「……フィーネは……あとどれくらいで買われていってしまいますか?」


「そうねぇ。高級奴隷だから最初のひと月は売りに出す前に、うちでまずレッスンを受けてもらう事になるわ。礼儀作法。家事。言葉遣いなんかのね。あのクラスの奴隷だとうちは委託販売になるの。売買成立した時に15%の手数料をもらう形ね。依頼主が設定した価格が安ければ安いほど早く売れるわ。

 まだ話はまとまってないけど、美人で腕の良い冒険者で処女……今回はかなり強気の値段が設定されると思う。でもフィーネちゃんお顔が良いからわかんないわよ。ああいう若い子はお客さんが本気で惚れちゃって借金してでも無理に買っていく人もいるから」


「…………」


 ……あれだけの美人だ。きっと金貨100枚はくだらないだろう。僕が一生かかっても払える金額じゃない。


「と、言うかね。聞いた話によると、あなた依頼主と今仲悪いんじゃなくて? 委託販売だと、たとえお金を持ってきても依頼主が断る事が出来るのよ。これは、没落した貴族が敵対する家に買われて拷問されたりするのを避けるための処置ね。今の状態だと依頼主の方をなんとかしないとどうにもなんないんじゃないからしら?」


「お願いします。助けて……助けてください。大切な幼馴染なんです!!」


「ごめんなさい……可哀想だけど力になれそうにないわ。依頼主の人となりのトラブルに首を突っ込むのは、この業界で絶対にやっちゃいけないタブーなの」


「うぅ……そんな。そんなぁぁぁぁぁっ!!」


 頭のどこかでわかってる。こんなのポーズだ。自分に危害が加えられない範囲で、「これだけの事はやりました」って言いたいだけの。


「あぁ、もうちょっとしょうがないわね。ザック? ザーック!!」


「は。ここに」


「可哀想だけどこの坊やつまみだしてきて頂戴。乱暴に扱っちゃたダメよ」


-----------------------------------------


 雨の降る夜だった。僕は商館をつまみだされ、路地裏でボコボコにされてからゴミみたいに気絶していた。


「ア、イテ…………あ、朝か……」


 口の中が切れていて、鉄の味がする。

 目が覚めると雨はあがっていた。服はずぶ濡れのままだったけど。

 雨を吸い込んだブーツが重くて、街の端まで歩くのが随分遠い。

 街を行く人々は何も変わってないはずなのに。何故だか全部作り物みたいに見えた。


「おい。きみ!」


 街を出ようとしたところで門番に呼び止められる。


「顔があおあざだらけじゃないか。それにずぶ濡れのままで…… 悪い事は言わん。今日は外出するのはやめておきなさい」


 でも、僕はそれに振り向きもせずに呟く。


「ほっといて……ください……」


 壁を抜けて街の外に出る。

 本当は戻ってなにかしなくちゃいけないはずなのに、胸が締め付けられるように苦しくて後ろを振り向けない。

 一体僕はなんなんだろう。何のために生きてるんだろう。いっそ死んでしまえばいいのに。


「……これから……どうしたらいいんだ……」


 別にどこへ向かっていたと言う訳じゃない。ただ下を向いて歩いていただけ。

 何を解決しようとする訳でもなく、現実逃避にどこか遠くへ離れたかっただけなのかもしれない。

 このまま誰か、どこか遠くへ連れ去ってくれたら……そんな事を考えながら下を向いて歩いていた。


 だからそれがどのくらい歩いた後で、どの辺りで起きた事だったのかは覚えていないんだ。

 気付いた時にはいきなり地面が真っ暗になってて。それが大きな影なんだと気付いた時には、僕はもう地面から引き離されていたんだから。


「う、うわぁぁぁぁ!?」


 怪鳥ルフ。全身を白い羽毛に覆われた巨大なヒゲワシのようなモンスター。

 この辺りでは滅多に見る事のないBランクモンスター。

 ガイ達でもパーティーを組んでようやく勝負になるかどうかと言う相手だ。

 僕は抵抗らしい抵抗も出来ずに簡単に足で捕まえられてしまった。

 持って帰ってヒナにでも食べさせる気なんだろうか?


「だ、だれか! たすけてぇ!」



 物凄いスピードで遥か下の景色が流れていく恐怖に、僕はさっき死にたいと思っていた事も忘れて助けを求めた。

 あぁ、そうさ。だれか助けてと言ったよ。確かに言った。

 でもさぁ。なにも、なにもあんなものがこなくたって…………


------------------------------------------------


 僕は怪鳥に捕まったまま随分と遠くに運ばれた。きっと巣に持ち帰るつもりだったんだ。

 と、突然怪鳥が物凄い勢いで羽ばたきだした。僕は何事かと思って後ろを見る。

 それは黒い……黒いなにか。恐ろしい速さで迫ってくるそのものの翼は、羽毛の生えてないまるでコウモリのような……


「う、うそだろ!!?」


 怪鳥は必死に羽ばたくけど、黒い何かはどんどん大きさを増す。その巨大で圧倒的ななにかが近づけば近づくほど。僕の信じられない、信じたくないと言う気持ちがゴリゴリとかみ砕かれる。


「ドラゴン!!!?」


 それは翼をもつ黒い竜だった。ドラゴン……かつて何百年も前に東の地に現れ、未曽有の大災害を引き起こしたと言う伝説のモンスター。


「…………!!!」


 声にならない衝撃が全身を、そして内臓を襲った。


----------------------------------------------


 みんなは、物凄いスピードで前に進んでる最中に、ガツンと前に押された事はある?

 まるでそう、物凄い速さで空を飛んでる時に突然背中が爆発したような……って、これじゃ一緒か。


 ともかく。もしドラゴンが怪鳥ルフの後ろから襲いかかったんじゃなくて、別の方向から喰いついていたら……

 僕は衝撃で、怪鳥に掴まれたままミンチになっていたと思う。


 あの恐ろしい怪鳥は憐れにもドラゴンの口に咥えられてしまった。そんな訳でドラゴンの口に加えられた怪鳥……の死体の足に捕らわれた僕と言うなんとも奇妙な関係が生まれたんだ。

 「眼中にない」って言葉がこんなにぴったりくる状況もそうそうないと思ったね。


 空を飛んだのが初めてだった僕にとって、怪鳥の航行も十分速く感じられた。でもあくまで大きな鳥の速さって感じがしたな。

 ドラゴンの速さは……なんて言うんだろう。どうやって飛んでるのか説明が出来ない。

 なんて言うか、真下に落ちるのより速いんだよ。自然の摂理に抗って進む暴力的な速度。まるでそれに怒ったかのように大気が襲いかかる。


「息が……くっ……ま、守れ! 魔力の革鎧!」


 息が出来なくて死にそうになった僕は、たった2つしかない僕の使える魔法のうちの片方を唱える。

 これは鎧をつけていない状態で使用すると。術者を目に見えない魔力で出来た膜が覆い、防御力を上げてくれると言う魔法だ。

 有難い事にこの魔法は。暴風から身を守ってくれるだけじゃなく、膜の中での空気の流れをかなり軽減してくれた。

 そのおかげで僕はかろうじて呼吸を許されたんだ。

 

 背中から風を受け、お腹で怪鳥の足にしがみつく体勢で、僕は随分と運ばれた。  

 正直、あまりの速度に半分頭がおかしくなっていたので、どのくらい進んだのかはわからない。

 でも、少なくとももうこの辺りに人の営みはないだろうなってのはなんとなく感じたね。


 そして、見渡す限りの大森林の上で空の旅は終わる事になる。

 必死にしがみついてはいたけれど、前方からくる風があまりにも凄すぎて僕はとうとう体勢を崩して空中に放りだされてしまったんだ。


 不思議と「落ちてる」って感じはなかったね。だって、それよりも遥かに速い速度で前に飛ばされていたから。


「ま、魔力操作。魔力操作ぁ!」


 僕はローブの裾を掴んで両手を広げ、体を覆っていた魔力の膜をお腹の方に集めた。

 そしてそれを出来るだけ大きな、一枚の板みたいなイメージにして硬化する。

 風を受けて滑る僕にやがて地面が迫り、いよいよ川に着水し……と、思った瞬間。

 まるで水切りの石みたいに僕は急に跳ね上げられてしまった。



「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 落下方向にかかっていた重力がいきなり反転し、僕の脳は血液を失って視界が真っ暗になる。

 咄嗟に、魔力の膜を全身防護に張り替える。でもそれが僕の限界だった。

 ドンッ! ドンッ! って、なんどか凄い衝撃を受けて体が跳ねた気がする。 



 その後の事はさっぱり覚えていない。

 だって、僕が目覚めたのはそれから随分あとの事だったらしいから……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ