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隙のない男の子

 次の日、ちょっとした大掃除を済ませて必要な調理器具の買い出しを済ませる。

 家具は大体残されていて、とりあえずは問題なさそうだった。

 ルーはドラゴン対策本部へ。フィーネは狩りに出かけている。


 クッキーを焼いて、ちょっと一息つこうかなって思ったところでドアがコン、コンと軽い小気味いい音を立てる。


「はーい。あ、いらっしゃい」


「おはようございます! 来ちゃいました~」


 玄関の前でニッコニコのエミリーが待っていた。

 それはいいんだけど、なんで今日もメイド服なんだろう……

 流石に今日は前回と違って肌の隠れるちゃんとしたものだったけど。


「うふふ。アルフ君専属メイドのエミリーちゃんですよ~」


「う、うん? まぁとりあえず上がってよ」


「お邪魔しまーす。あ、なんだか良い香りしますね。あ、可愛い!」


 エミリーが窓の近くの小さなロッキングチェアに駆け寄る。きっとこの家の子供が使ってたんだろう。


「え~っと、お掃除に来たんですけど……あれれ? なんだかもう片付いちゃってますね?」


「あ、うん。ちょっと埃があったくらいで凄く綺麗だったよ。大事に使われてたみたい。ささ、座って座って」


 エミリーを食卓に案内して座ってもらう。


「紅茶でいいかな? 今ちょうどクッキーが焼けたとこなんだけど」


「え? あ、あの。私淹れますよ!」


「いいからいいから。お客さんは座ってて、ね?」


「いや、あの。私お客さんで来たんじゃ……」


 立ち上がろうとしたエミリーの肩に手をあてて、厨房に入る。

 薪に火を入れるのは面倒なので火炎魔法で一気にお湯を沸かす。このくらいの量ならこっちの方が楽だ。


「はい、どうぞ。お砂糖は要る?」


「あ、いえ。大丈夫です。えっと……じゃあせっかくなんで頂いちゃいますね」


 エミリーが紅茶に口をつけて、クッキーに手を伸ばす。


サクッ


 一口かじった途端、エミリーが目を見開いた。


「こ、これは!? 湿気のないふわっとした熱い空気がクッキーの中に閉じ込められていて……サックサク。サックサクの食感です!」


「うふふ。さっき焼きあがったばかりだからね」


「なんて香ばしい香り……で、出来たてのものと市販のものってこんなに違うんですね!」


「ちょっとだけ紅茶の葉を使ってみたんだ。今はまだあまり種類を作れないけど、そのうちジャムが出来上がったら色々作れるようになるよ」


 エミリーが再び紅茶に口をつけて恍惚の表情を浮かべる。……なんかルーとは違う方向で凄い美味しそうに食べてくれるなこの子。ふふ、可愛い。


「はぅあぁ。し、幸せ……って! そうじゃない! これじゃ本当にただのお客さんじゃないですか!」


 エミリーが突如、ハッとしてカップをお皿に戻す。


「あ、でもせっかくなんでお茶とクッキーは頂いていきます」


 と、思ったけど再び食べ始めた。


---------------------------


「あぁ、美味しかった……っと。あの。散々ご馳走になってから言うのも気まずいのですが……私、アルフ君の身の回りのお世話をしにきたんです」


「あ、うん。さっきもそんな事言ってたね……え、えぇっと?」


 身の回りのお世話……って、なんだ?


「お洗濯ものあります?」


「今日の分はもう洗って干してあるよ」


「えと、ベッドメイキングは……」


「シーツも洗って干してるよ。お庭が広くていいね。裏に綺麗な花壇もあるんだ」


「お買い物……」


「あ、僕がやるから大丈夫。お料理って食材選びが一番大事だから」


「お料理……は、敵いそうにないですねこれは。もしかしてお裁縫なんかも出来ちゃったりします?」


「あ、うん。ちょっとだけね。趣味で帽子編んだり。たまに在庫処分で生地が安売りされてる時なんかは、裁断してお洋服作ったりするよ」


「も、もしかしてあそこにかかってるウサギさんのアップリケがついたエプロンって……」


「あれも僕が作ったやつだね」


「か、可愛すぎる……うごごごごご……」


 エミリーはしばらくの間なにやら悶絶していたけど。ハァ、と大きなため息をついてニッコリと笑った。



「はぁ……じゃあもうしょうがないからせめてお話のお相手だけでもさせてくださいー。もう! あんまり隙の無い男の子って『良いお友達』で終わっちゃうんですよ?」


「えぇ!? なにそれ。フフフ」


「アルフ君はいけない子ですねー。エミリーが叱ってあげます。めっですよ。めっ」


 エミリーがつーんと僕のおでこをつっつく。

 柔らかい指がおでこに触れて、僕もつられてクスクスと笑う。


 ドアを開ける音はしなかったはずだ。だからフィーネが帰ってきてる事に気付かなかった。


ドンッ! ザシュ!


 フィーネがテーブルの上に乱暴にバケツを置くと、とってきたウサギを逆さにして首にナイフを当てる。


ザシュ! ボトボト ベリベリ


 ウサギの血がバケツの中にしたたり、皮が剥がされていく。



「あ、あの……フィーネ?」


「なに?」


「な、なんでテーブルの上で解体作業を……」


「お邪魔だったかしら?」


 エミリーは顔を真っ青にしていた。多分僕も真っ青になっていたと思う。

 なんて言うかフィーネがもう、見るからに…………すっごい機嫌悪かったからだ。

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