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一つの結末と新たな災厄

「ハァ、ハァ……」


 戦闘が終わって数歩後ずさると、シモンさん達が駆けつけてきた。


「やるじゃねぇかオイ! ったく、一番楽なパターンひきやがって」


 シモンさんが肩で小突いてくる。いや、あの、あなた戦闘直後の僕より遥かに重傷ですよね? 絶対まだ痛いはずなんだけど……

 よく見たら目が真っ赤だった。軽口叩いて誤魔化してるけど結構涙もろいなこの人。


「まぁまぁだったナ」


 ルーが眉毛を八の字に寄せて、ポンと肩に手を乗せてきた。くっそ! そのドヤ顔はなんなんだ。でもありがとう。

 そして…………



「アルフゥ!!」


 フィーネが手枷をしたまま走って飛び込んできた。今度はちゃんと受け止める。もう離したりはしない。


「ごめんなさい。私が……私が勝手な事したから……」


 大粒の涙がポロポロと落ちる。僕はハンカチを出してそれを拭う。


「大丈夫。僕わかったんだ。フィーネがなんのために戦ってくれたのか……ありがとう。君のおかげで少し強くなれたと思う」


「え……」


「君に……話したい事がいっぱいある。凄く恐いものを見て。凄くたくさんの人達に助けられて。もう大丈夫だよ。これからはずっと一緒だ」


「アルフ……」


 そして僕は何の嘘偽りもなく彼女に笑いかけることができた。彼女も笑い返してくれた。

 宿屋でシモンさんが言ってた通りだ。これで良かったんだよ。



「はいはい。気持ちはわかるけど場所を変えてからにしなさい。手枷と首輪くらい外したいでしょ」


 パンパンと手を叩いて、向こうの陣地の出入り口から奴隷商のおじさんが入ってきた。


「ケツアゴさん!」


「アルフちゃん。ごめんなさいね。商館はあくまで預かってるだけだから、持ち主が出せって言われたら断れないのよ……わざわざ奴隷服なんかに着替えさせてゲスな男ね。でも安心して。商館の中じゃ男には指一本触れさせてないから」


「アルフ。私ほんとはもっと早く売りに出させるはずだったの。それをもう少し仕込めば金貨20枚は上乗せ出来るからって言ってケツアゴが……ケツアゴが……!」


「ケツアゴさん……あ、あの! ありがとうございます!」


 僕がお礼を言うと奴隷商のおじさんは肩をすくめて首を振った。


「ケツアゴじゃなくてケツァゴだっつってんでしょ。ったく、何を勘違いしてんのか知らないけどフィーネちゃんちっともお料理覚えないから売り出しが遅れちゃっただけよ」


「ったく、ツンデレのオカマとか救いようがねぇなぁ」


「うっさいわねシモン! 掘られたいの!?」


「ちょ、バカ。やめろ! 俺は重傷なんだぞ!」


「ナニを掘るのダー? ルー、穴掘るの得意だゾ」


「こらー! ルーに変な言葉覚えさせないでください!」


 みんなが口々に勝手な事を言いながら決闘場を後にする。

 一瞬、後ろが気になって振り返ろうかどうか迷った。でも振り返らなかった。

 やり直せる事。新しく始められる事がある。それでも過去は変えられない。

 そしてみんなそれぞれの、今があるから……



◇◆◇◆

(3人称視点)


「ガイ! ガイ! なにやってるデスか! しっかりするデス!」


 敵を倒す事でしかレベルの上がらないこの世界において、回復を専門とする職業の者はレベルを上げにくい。

 しかしリドは幸運にも回復術と死霊術両方の才に恵まれた。高レベルの彼女が操る治癒の術は、治療院の一般回復術師達とは一線を画す。

 

 その彼女が焦っていた。口の方は完治とはいかないまでも応急処置は出来た。だが右腕の奇妙な傷。その黒い染みに弾かれるように、回復術がまるで効かなかったのだ。


「黒紋が広がってる……このままでは!」


 リドは自分のスカートを無理やり引きちぎると、舌を噛まないようにガイの口に突っ込む。


「誰か! 誰か斧を持ってないデスか!?」


 残っていた観客に声をかけるが、みな一様に首を振る。


「くっ! ……ガイッ! ちょっと我慢するデスよ!」


 リドは自分の懐から奇妙な装飾の曲がったナイフを取り出し……


ザシュッ! ザシュッ! ゴリッ ゴリゴリッ!


「グモォォォォォォ!!?」


 あまりの激痛に失神していたはずのガイが起きてしまう。


「くっ! だ、だれか! 抑えるのを手伝って欲しいデス!」


 慌てて観客が降りてきてガイを抑える。


ゴリゴリッ ゴリッ ゴリゴリッ


「グモォォ! グモォォォォォォ!!」




「はぁ、はぁ…………」


 悪戦苦闘の末に右腕の切断に成功し、切断面に回復魔法をかけてリドはどっと汗を吹いた。


「な、なんてことデス。あの石……あの石は一体……」


 リドは自分の所属する死霊術師の集会や、結社のアジト。それらの場所で一般には知られていない様々な呪物を見てきた。

 だが、今日アルフが持ち込んだあの石……あの石はそれらの呪物とは次元の違う存在感を放っていた。

 そう、あれではまるで自らの信仰する「あの神」の…………


「あれは危険……危険デス。組織に、組織に報告しなければ……」


 あれは結社によって厳重に管理するべきだ。そうとも、アルフなんかが持っていていい代物ではない。あんな弱虫の。弱虫の……

 全部あいつのせいだ。怨嗟の感情に苛まれてギリリと奥歯を噛みしめる。


「許さない。許さないぞアルフ……!!」


 苦し気にうめき声をあげるガイを抱え、リドは固く復讐を誓う。

 その感情が、恐ろしい破滅を呼び寄せる呼び水となることも知らずに……


◇◆◇◆


 僕たちは奴隷商館に寄ってフィーネの私物を受け取った。商館に払う手数料はシモンさんが経費で落としてくれた。

 お礼を言ってあとにしようとしたところ、僕はケツアゴさんに呼び止められた。


「アルフちゃん……あなたとっても可愛らしいお顔してるわね。もし奴隷堕ちしたらぜひうちにきなさい。とびっきりの男娼にしてあげる☆」


「え、遠慮しときます……」


 ムキムキのおじさんが唇を突き出し、大胸筋を寄せてウインクしてくるのが最高に気持ち悪い。


「ケツアゴ……あの、本当にありがとう!」


 フィーネがお礼を改めて言う。本当にこの人じゃなかったらどんな目にあってたか……って思ってたんだけど


「アンタはもう2度と戻ってくるんじゃないわよ! お顔が良いから大目に見てたけど。お掃除したら壁を壊すわ、お洗濯したらビリビリに引き裂くわ。あんたゴリラに転職した方がいいんじゃないの?!」


「ぐっ……! うっさいわね!」


 ケツアゴさんが本気で嫌そうな顔でシッシッと手で払う。

 フィーネ……一体なにをしたんだ……




「さ~って、と。ほんでこっからどうするかだが……」


 港に向かって歩く道中、シモンさんが話を切り出す。


「そろそろ首長がストレスで頭をかきむしってハゲ散らかしてる頃だろう。パーッとお祝いもしたいしグリーンヒルに戻りたいんだが……角の件をどうすっかな……」


 みんなの視線が、ルーが尻尾の先で掴んでるドラゴンの角のかけらに集まる。そして


「フム。もうこレは要らないナ」


 パクッとルーが大きな口を開けて飲み込んだ。






「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」


「吐き出して! 吐き出してルー!」


「おま、それ毒ってレベルじゃねーぞ!」


「や、やめルのダー」


 みんながルーの首を掴んでガクガクと揺さぶると、ルーが苦し気な声を出した。


「ルー、本当に大丈夫なの!? 無茶苦茶危険なんだよアレは!」


「く、苦しくない?」


「いヤ、別ニ……オ?」


「どうした!?」


 ルーが何かに気付いたみたいだ。そして軽く拳を握って……


パァン!


 ルーが拳を前に突き出すと、空気が破裂した。


「ナんか……強くナった気がすル」


 僕たちは絶句して互いに顔を見合わせる。


「まさか……いや、そうとしか」


 シモンさんが顔を青くして何か呟いている。


「おかしいと思ってたんだ。魔術的な術式も何も発動していないのに。どうしてルーが触っている時だけ呪いの瘴気が出ないのか。この子は最初から封印なんてしちゃいない……その力を、吸収していたんだ!」


「え!?」


「ヌ?」


 僕とルーが顔を見合わせる。


「あらゆる攻撃を寄せ付けないはずのドラゴンスキンにダメージを与え、ドラゴンの力を吸収する。こいつは一体……」


「ね、ねぇ。その子一体何者なの? その、尻尾も耳も動いてるし……」


 僕はフィーネの問いに答える事が出来なかった。僕も、そしてルー自身も彼女の事を何も知らなかったからだ。


 第5期234年。世界はまだ、古き獣の胎動を知らない……

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