酔狂な男達
「しっかし驚いたな。まさか昼過ぎに着いてしまうとは……」
「途中、山賊っぽい人達がビックリしてましたね……」
馬車で二日はかかろうかと言う道のりを半日で走破し、僕たちはその日のうちに乗船した。
正直、あのまま魔法の絨毯みたいに走り抜けた方が早かったかもだけど、ルーが船に乗りたいと言い出したんだ。
で、その当人はいまどうしているかと言うと……
「アハハ。アハハハハ。誰カー! 誰かルーを捕まえて欲しいのダー!」
船の上にはやたらとロープが多い。横に突き出した梁もある。揺れるし子供が遊びまわるには危険な場所だ。
にも拘わらず、ルーは初めて見る船と、そして海に大はしゃぎだった……
「こら! 危ないから走らないで!」
ルーが甲板の上を走る走る。マストに上るわ、スプリットスルにしがみつくわでもう滅茶苦茶だ。
「こらー!」
「ダッハッハ! 細けぇ事言うなよ兄ちゃん。大した嬢ちゃんじゃねぇか」
「あぁ、もうすいませ……って、酒くさっ! え、仕事中なのにお酒飲んでるんですか!?」
船員さんの息に僕がたじろぐ。と、それを見た船員さん達が、まるでハトが豆鉄砲を喰らったような顔をする。そして、船員さん同士で顔を見合わせたかと思うと……
「……プッ! ダーッハッハッハッハッハ! あぁ、腹痛ぇ! こいつぁ傑作だ!」
え、なに。なに笑ってんのこの人達。
「ハッハッハ。なんだアルフ。お前クセルから来たくせに船乗るの初めてか」
シモンさんが笑って声をかけてくる。
「今みたいに冷気魔法が発達する前、船の上じゃ酒より水の方が貴重だったんだそうだ。すぐに腐っちまって上に緑色のドロドロが浮くらしくてな」
「水が飲めねぇんじゃ酒を飲むしかねぇ。昔の船乗りたちはみ~んな酔っ払いだった。当然、船に上がればみんな酔っぱらいなんだから、そこに入っていけるのも生粋の酔っ払いだけって寸法よ」
「それで今でも船乗りはみ~んな酔っ払いだらけよ。だがな、そんな建前はどうでもいいんだ。俺達が酒を飲む本当の理由はな……」
と、急に真面目な顔をして顔を近づけてくる。息が臭い。
「ほ、本当の理由は……?」
「本当の理由は……俺達がみんな。酒がだーい好きだからだ!」
「ダーッハッハッハッハ!」
「そりゃちげぇねぇ!」
「坊主。お前さんたちえらいVIPなんだってな。今回の航海は、偉い船賃がいいんだよ。船長だけじゃなくて、俺達にも普段の倍近い金が出てる。と、くりゃあこりゃ飲まない訳にはいかんだろうよ!」
こ、この人達は何を言ってるんだろう……頭を抱えていると、「ボチャン」と嫌な音がした。
「まさか!? ルー!?」
舳先から身を乗り出すと、ルーが海に浮いてるのが見えた。
「うわぁぁぁぁ! た、大変だぁ!」
すぐに船を止めてもらおうと思うけど、どう頼んでいいのかわからない。そしてパニックに陥る僕をよそに、ルーは
「アッハッハ。おーイ。アルフー♪ あ、そうダ。ルーが後ろから押してあげるのダ♪」
ドラゴンの角を尻尾で掴んだまま、ルーがバチャバチャと犬かきで船の後ろに回る。と、思ったら……
「うわぁぁ!?」
「うおぉぉ!?」
急な加速を感じて思わず転びそうになる。
「バシャバシャ楽しいナ~♪ 川より広くテ気持イイのだ♪」
船は無茶苦茶な速度で蛇行運転を始める。船員と言う名の酔っ払い達はただただ囃し立てるだけだ。
「いいぞ~、嬢ちゃん! もっとやれ~!」
そしてまた始まるドンチャン騒ぎ。船長さんが申し訳なさそうに「すいませんねぇ、バカばっかりで……」と謝ってくるのがいたたまれない。
そんな僕らの不安を吹き飛ばすかのように船はグングンと進んでいく。この調子なら明日には着いてしまうだろう。
そうだ、こんなところで僕があれこれ言ったって仕方がない。海に出れば船乗りの、そして僕には僕のやる事がある。
「すいません、シモンさん」
「ん?」
「ちょっとお願いしたい事があるんですが……」
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クセルにつくと、僕は一目散にフィーネの売られた奴隷商館に向かって走り出した。
ルーはシアンの港町の時のようにアレナニアレナニと質問はせずに、黙ってついてきてくれた。なんのかんのと気の利く子なんだよなぁ……
「あ~。すまない。奴隷を買いにきたんだがちょっとここの主人を出してもらっていいか」
僕は以前ここの商館をつまみ出されている。話がややこしくなるといけないと言うので、シモンさんが交渉をかわってくれた。
特に滞りなく僕たちは客間に通された。ほとんど待ち時間もなく、アゴの割れたムキムキのおじさんが入ってくる。
「ようこそいらっしゃいました……はぅぁっ!?」
ルーがおじさんのお尻をスンスンと嗅ぐ。いつの間に!
「こら! 知らない人の匂いを嗅ぐのはやめなさい!」
「ハッ!? ち、違うのダ。これは体が勝手ニ動いテソノ、わざとじゃないのダ!」
「もう、お話の邪魔になるからおとなしく座っててよ。いい?」
「ご、ごめんなさイなのダ……」
ルーがしょんぼりした顔で椅子に座る。頭を撫でて「大丈夫だよ、すぐに慣れるから」と言うと、顔をパッと輝かせて頬っぺたをスリスリしてきた。
「あ、あぁビックリした……って、あら? あなたたしかフィーネちゃんの」
おじさんは僕の事を覚えていたみたいだ。どう切り出そうか迷っていると、シモンさんが懐から見た事のない貨幣を取り出した。
「グリーンヒルで衛兵隊長をやってるシモンって者だ。今手元に白金貨3枚ある。で、そのフィーネちゃんとやらを買い取りたいんだが……依頼主と交渉させてもらいたいんだ。連絡をつけてもらえるか?」
「シモン? あの『酔いどれシモン』? 本物なの?」
こ、これ白金貨なの!? って事は金貨300枚分?
この3枚のコインは僕の人生何回分の価値があるんだろう。だけどそんな大金に目もくれずに、奴隷商のおじさんはシモンさんの名前に反応した。
「シモンさんを知ってるんですか?」
「知らないのアルフちゃん? 吟遊詩人の歌とかにたまに出てくると思うんだけど」
「いえ、僕あんまり酒場とか行かないんで……」
「変わった冒険者もあったものね…… 酔いどれのシモン。南の方じゃかなりの有名人よ。元は帝国の偉い騎士だったんだけどね。敵対する両家の元に生まれてしまった恋する男女の駆け落ちを手伝って、迫る追っ手を1人で何十人もボコボコにしてしまったのよ。しかも1人の死者も出さずに」
「……えっ!?」
驚いて横を振り向くと、シモンさんが目を逸らした。
「今は左遷されて田舎の警備隊長やってるって話だけど、本当だったのね…… 他にも攫われたお姫様を助けに巨人たちの巣へ忍び込んで単身奪還に成功した話。亡くなった奥さんが経営してた孤児院に今も多額の寄付を続けているとかって話。酔っ払いの好きそうな話には枚挙のない男よ」
「う、うるせぇな。俺のことは今どうでもいいだろうが!」
シモンさんが耳をちょっと赤くして机をドンと叩く。
「で、今度は離れ離れになった少年と少女のために一肌脱ごうって訳か……なるほど、イイ男に目をつけたわね坊や。泣き落としの才能があるのかしら」
おじさんが僕にウィンクしてニヤリと笑う。ちょっと気持ち悪いと思ったのもつかの間、すぐに難しい顔になってウンウン唸りだしてしまった。
「話は大体わかったわ。大方その白金貨はどっかから借りてきたんでしょう? 交渉と言うのはずばり決闘ね。大金をちらつかせて勝った方が総取りのルールを申し込む。だけどその作戦には1つ、大きな欠点があるわ」
おじさんが両手を組んで顎をのせ、顔をずずいと近づけてくる。
「『酔いどれ』のシモンに一対一の決闘を申し込まれて受けるやつなんて、まずいない。仮に相手がシモンの事を知らなかったとしても、あの依頼主もこの辺じゃかなり有名な冒険者だから……きっと見抜かれるわよ。一応連絡をとるだけはとってあげるけど……」
気の毒そうな顔を向けるムキムキのおじさん。だけどシモンさんはそれを見てクックックと含み笑いを漏らした。
「いーや、受けるね! アルフの言った通りのやつなら絶対に受けるはずだ。なんせ……」
シモンさんが僕の肩に腕をまわす。
「決闘に臨むのは、俺じゃなくてこの。アルフだからだ!」